PHILOSOPHY OF TECHNOLOGY

技術哲学 第6回
“つくること”の背景にあるもの──ユク・ホイの宇宙技芸論から考える技術の多様性

まとめレポート(講義動画 2時間8分27秒より作成)

講座
makers Unlearn 2026(mU)
講師
伊勢康平(東京大学東洋文化研究所 特任研究員)
進行
七沢智樹
開催日
2026年9月3日(木)

OVERVIEW概要

第6回の講師は、いま世界で最も注目される技術哲学者のひとりユク・ホイの主著『中国における技術への問い』の翻訳者、伊勢康平。専門は20〜21世紀の中国哲学であり、「翻訳者本人から宇宙技芸を学ぶ」という得がたい回となった。テーマは、AIをはじめとするテクノロジーが世界を覆い尽くす時代に、なぜ技術は「多様」でなければならないのか、そして多様化はいかにして可能なのか、である。

講義は3部構成。①ユク・ホイと「宇宙技芸(cosmotechnics)」「技術多様性(technodiversity)」の入門、②ゲシュタルト心理学の「図と地」をモデルに、宇宙技芸のなかで技術と宇宙論(思想)のあいだで何が起きているのかの分析、そして③伊勢さんが博士論文の結論として自ら鍛え上げている新概念「複層化」の提案。融合でも断絶でもなく、複数の秩序が「離れていないのに複数」のまま界面で変容しあう——この関係性は、コンセプトとモノが互いを作り変えていくものづくりのプロセスを記述する道具にもなる。

質疑は終始活発で、「なぜworldではなくuniverse(宇宙)なのか」という受講生の問いから漢字の「宇」と「宙」の語源(空間と時間)に降りていく場面や、休憩のはずが図と地×AI談義で盛り上がってしまう場面など、翻訳者ならではの言葉の解像度と、対話の楽しさに満ちた2時間だった。

タイムスタンプは講義アーカイブ動画の再生位置です。スクリーンショットは講義スライドの引用(©伊勢康平)。受講生の氏名・発言は特定できない形に編集しています。

CONTENTS講義の内容

1. 導入──ゲシュテルの先へ、技術を複数化する0:00–5:22

七沢の導入。ハイデガーの総駆り立て体制(ゲシュテル)が示したように、生産性・効率性へ向かって人も自然も資源として動員され続けるテクノロジーが、惑星的な危機の背景にある。これを相対化する手がかりとして、ユク・ホイの技術多様性と、その中核概念である宇宙技芸を、『中国における技術への問い』の訳者・伊勢康平さんに解説してもらう——という本回の照準が示された。

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5:31タイトルスライド。3部構成——①「宇宙技芸」の簡単な紹介、②宇宙技芸のしくみを考える、③応用案:「複層化」としての哲学と制作。

2. ユク・ホイという哲学者5:22–14:24

伊勢さんの専門は20〜21世紀の中国哲学。その研究のなかでユク・ホイに出会った。ユク・ホイ(許煜)は香港出身、コンピュータ工学から哲学研究へ転じ、ヨーロッパを拠点に活動、現在はエラスムス大学ロッテルダムの哲学教授。著作は十数カ国語に翻訳され、バーグルエン哲学・文化賞の審査委員も務める。『再帰性と偶然性』(原島大輔訳)、『中国における技術への問い』『芸術と宇宙技芸』(伊勢訳)など邦訳も進む、大変多作な哲学者である。

3. 技術多様性──テクノロジーは均質化している14:24–18:22

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14:24前提としてのハイデガー:近代的なテクノロジーは西洋の哲学や自然観の産物であり、その世界的普及は西洋哲学による世界の支配を意味する。

ユク・ホイはハイデガーの技術論を前提に引き受ける。テクノロジーは文化と無関係な中立物ではなく、古代ギリシア以来の西洋哲学から必然的に生まれてきたものであり、その世界的普及は西洋的存在論による世界の均質化にほかならない。文化やアイデンティティの「多様性」が叫ばれる時代に、テクノロジーだけは均質化し続けている——ならば、異なる哲学に根ざした、質的に異なるテクノロジーを構想しなければならない。これが技術多様性の提言である。

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16:37文化やアイデンティティの多様化に反して、テクノロジーは均質化している。

4. 宇宙技芸とは──技術と宇宙論を組み合わせる18:22–28:47

技術多様性を実現するためにユク・ホイが提出したのが宇宙技芸(cosmotechnics)である。技術は本来、それが生産され使用される各地域・各文化の背景にある宇宙論(世界観・時間観・道徳)と結びついて生まれ、機能してきた。暦は天文と生活の秩序を、中国医学は陰陽五行の世界観を前提とする。北宋の天体観測時計「水運儀象台」のような技術もあった。そして近代の自然科学とテクノロジーの一体化(テクノサイエンス)もまた、普遍を装ったひとつの宇宙技芸にすぎない。この概念によって、外見が似た技術でも文化ごとに異なって知覚され意味づけられてきたことが見えてくる。ただしユク・ホイは、伝統的な宇宙技芸を「発見」するだけではダメで、現代の形に「再発明」しなければならないと強調する——では、いかにして? これが本講義を貫く問いになる。

5. 図と地──宇宙技芸のしくみ28:47–35:30

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28:47ゲシュタルト心理学の「図と地」(ルビンの杯)。図が地を限定し、地が図に力を与える——図を技術、地を宇宙論として考える。

宇宙技芸のなかで技術と宇宙論はどう関係しているのか。ユク・ホイが使うモデルが図と地(figure / ground)である。日常で目につき、手で使う技術が「図」、その背景にある宇宙論や思想が「地」。技術は宇宙論に具体的なかたちや枠組みを与え、そのような技術が生じる原動力は背景となる宇宙論から与えられる。そしてこのモデルの利点は、両者の「反転」を表現できることだ。

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31:13技術は宇宙論に具体的なかたちや枠組みを与えるが、その技術が生じる原動力は背景となる宇宙論から与えられる。

その反転の歴史的実例が、近代東アジアの和魂洋才・中体西用・東道西器である。伝統的な思想(地)を変えずに、西洋のテクノロジー(図)だけを道具として使いこなす——この戦略はことごとく失敗した。テクノロジーは図にとどまらず、それ自体が地として展開してしまったのである。中国では1910年代から、科学技術があらゆる価値の尺度となる露骨な科学主義さえ現れた。だからこそ、異なる宇宙論によって技術を多様化するには、まず宇宙論・思想の側が再構築されなければならない。

6. 断絶でも融合でもなく──界面の相互作用35:30–45:52

では図と地は、どんな関係で結ばれ直せばよいのか。伊勢さんの読解では、ユク・ホイが考えているのは、技術と思想が断絶もせず、融合(一体化して差異が消えること)もせず、どちらか一方への還元もされず、図と地のように互いに「接している」状態の形成である。そこでは両者の界面(境界)で相互作用が生じ、それぞれが変化していく。対比される失敗例が2つ挙げられた。宇宙論を技術や社会の産物に還元してしまうモデル、そして「最先端の科学がもたらす世界観は東洋思想のようだ」と語る隠喩的な擬似融合(カプラ的な議論)——比喩は二者の隔たりを前提とする修辞なので、構造的に断絶が維持され、両者を変えることがない。

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55:01宇宙技芸のなかで機能しているこの関係性を、もっと端的に表現できないか。より普遍的な概念を発明できないか——第3部への問い。

7. 「休憩」のはずが──図と地×AI談義45:52–54:02

休憩宣言の直後から、かえって議論が白熱する。七沢は、いままさにAIにおいて「地」が図として浮上してきていると指摘する。米国のAI開発の背後にある終末論的な思想が語られ始め、ローマ教皇が発言し、AGIという発想そのものが宇宙論的である——「技術はただの道具ではない」という技術哲学の問いが、今年、現実によって一般化されてしまった。伊勢さんは図と地の要点を補足する:ユク・ホイがこの語彙を使う利点は、図だと思っていたテクノロジーが地になってしまうダイナミクス——近代中国でテクノロジーが図であると同時に地として、すべてを規定する価値観として展開してしまったこと——を表現できる点にある。

8. 質疑──なぜ「世界」ではなく「宇宙」なのか54:02–1:02:00

受講生からの「図と地の宇宙論とは世界観のようなものに感じられる。worldではなくuniverseであることにどんなニュアンスがあるのか」という問いに、翻訳者ならではの応答が展開した。漢語の「宇」は空間、「宙」は時間を意味し、宇宙は時空間の総体を指す。ユク・ホイは道と器という中国固有のカテゴリーを意識しており、コスモスという語も単なる空間的広がりではなく秩序や調和のニュアンスと結びつく。世界(world)ではなく宇宙(universe/cosmos)を選ぶことで、時間・道徳・秩序まで含んだ背景の全体が視野に入る——各地域の宇宙論の固有性を掘り起こす結節点となる言葉なのだ。

9. 現代中国とデータセンター──読書案内1:02:00–1:09:02

「技術多様性の観点から今の中国はどう見えるか」という問いには、単一のテクノロジーの土俵の上で極端に速く実践している面と、広大な国土に多様性の萌芽が残る面の両方が語られた。あわせて伊勢さんが「大層感銘を受けた」と紹介したのが、ベンジャミン・ブラットンらが編んだ論集『Machine Decision Is Not Final──中国とAIの歴史・未来』(MIT Press系Urbanomic刊)。貴州省の巨大データセンター群など、中国固有の技術的現実を丁寧に掘り出す一冊として推薦された。

10. 「技芸」という訳語──翻訳の思想1:09:02–1:14:19

「技芸とは美術・工芸などの技術のことか」という質問から、訳語の裏話へ。cosmotechnicsのtechnicsは本来「技術」——あらゆる時代のあらゆる制作・実践の形式——だが、「宇宙技術」と訳すと宇宙開発のテクノロジーと誤読されてしまう。カタカナのテクノロジー(近代科学技術)との区別を保ち、読者にあえて引っかかりを生じさせるために「宇宙技芸」を選んだ。ギリシア語のテクネーが技術と芸術の両方を含んでいたこととも響き合う、煮詰め抜かれた翻訳である。

11. 複層化──伊勢さんの新概念1:14:19–1:22:30

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1:16:42複層化:融合と断絶のあいだの哲学的な実践の様式。複数の秩序が混ざり合うことも離れることもなく、ただ相互に接している状態の形成および発見。「離れていないのに複数」という状態。

第3部は、伊勢さんが博士論文の結論として提案する新概念「複層化」。宇宙技芸のなかで機能している「断絶でも融合でもない」関係を抽出し、より普遍的な概念にしたものだ。哲学の議論は「万物は一体」(単一性)か「還元できない断絶」(複数性)かに二極化しがちだが、現実に起きているのは複数の秩序が離れないまま複数であり続け、界面で相互作用し変容しあうという事態ではないか。哲学や人文学の営みそのものが、いまここに存在しない過去や非現実を呼び出して現実と接続させる「現在と過去の複層化」である——東洋思想を「万物一体」の思考として描く紋切り型に抗うために、この概念は発明された。

12. ものづくりへの応用──コンセプトとモノは互いを作り変える1:22:30–1:32:02

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1:24:12ものづくりを「モノの秩序」と「概念の秩序」の複層化として考えてみる。

複層化はものづくりの記述にも使える。ひとがなにかをつくるとき、具体的なモノだけでなく、その背景にある価値観も同時につくっている。あらかじめ立てたコンセプト(概念の秩序)は、制作過程の物質的制約(モノの秩序)によって変容し、変容したコンセプトがさらに最終的なモノのあり方を変えていく。この往復——どちらにも還元されない2つの秩序の界面での変容しあい——こそ、制作のなかで思考や価値観が鍛え上げられていくプロセスである。

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1:29:42結論:複層化の概念は「宇宙技芸の再発明」にいたる個々の制作・実践のプロセスに宿る思想的意義を可視化し、多様な試みをエンカレッジできるかもしれない。

結論として——異なる宇宙論・思想の再構築は一回のひらめきで実現するものではない。いろんな人が参与し、その蓄積をあとから振り返ったときにふと見出されるようなものだろう。複層化は、そこへ至る個々の実践に宿る思想的意義を可視化し、多様な試みを励ますための概念である。「多くのひとにラフに使ってもらえる概念になってほしい」と伊勢さんは語った。

13. 対話──分かり合えなさの肯定から大量生産まで1:32:02–2:07:00

後半はたっぷりの対話タイム。七沢は複層化を「技術と社会の相互作用」をめぐる技術哲学の定番の議論——技術決定論と社会構成主義に分裂しがちな構図——を一語で束ね直せる概念だと高く評価し、伊勢さんは「ちゃんと形にできるよう頑張ります。たくさん使ってください」と応じた。話題は多岐に及んだ:「分かり合えなさ」の肯定(断絶ではなく、一枚の界面を隔てて接し続けること。「分からないから断絶している感じは全然しない」)、複層化と時間(界面の状況は変化し続ける)、中国におけるベルクソン人気、受講生の問いに応えた大量生産段階への適用(設計が変われば製造も変わる——多品種生産の現代ではむしろ適用可能性が広がる)、シモンドン『技術的対象の存在様態について』とユク・ホイの戦略、そして「宇宙技芸の再発明を今すぐ援用するなら、最新技術を無批判に取り込むのではなく、技芸と宇宙論の要素に分解しながら捉えること」という受講生の見事な要約。

14. 結び2:07:00–2:08:27

「複層化」はできたての概念であり、これから博士論文などの形で公にされていく。七沢は「アンラーンの人たちでピンときた人はぜひ積極的に活用を。リファレンスにはちゃんと伊勢さんと書いてくださいね」と締め、次回・最終回(9/14)は原島・七沢によるブレイクアウトディスカッション中心の総括回であることが予告された(第7回・9/7は染谷昌義さんによるアフォーダンス論)。

SUMMARYまとめ

  1. テクノロジーは均質化している近代テクノロジーは西洋哲学の産物であり、その世界的普及は世界の均質化である。文化の多様性が叫ばれる時代に技術だけが単一化している——だから質的に異なる技術=技術多様性が必要になる。
  2. 宇宙技芸=技術×宇宙論技術は本来、各文化の宇宙論(世界観・時間・道徳)と結びついて生まれ機能してきた。暦、中国医学、水運儀象台——そして近代テクノサイエンスもまた、普遍を装ったひとつの宇宙技芸にすぎない。
  3. 図と地のモデルと「反転」技術=図、宇宙論=地。図が地を限定し、地が図に力を与える。和魂洋才の失敗は、テクノロジーが図にとどまらず地として展開したことを示す。いまAIでも、背後の思想(地)が図として浮上しつつある。
  4. 再発明には思想の再構築が先立つ伝統的な宇宙技芸の「発見」だけでは足りず、現代の形への「再発明」が必要。そのためには、断絶でも融合(擬似融合の比喩含む)でもなく、技術と思想が界面で相互作用し互いに変容する関係を作らねばならない。
  5. 複層化──離れていないのに複数伊勢さんが提案する新概念。複数の秩序が混ざりも離れもせず接し続け、界面での相互作用と変容を認識・推進する実践の様式。哲学・人文学の営み自体が現在と過去の複層化である。
  6. ものづくりは概念とモノの複層化コンセプト(概念の秩序)は制作の物質的制約(モノの秩序)で変容し、変容したコンセプトがモノを変えていく。この往復の思想的意義を可視化することが、宇宙技芸の再発明へ至る多様な実践をエンカレッジする。

APPENDIXチャット付録

講義中のZoomチャットから、議論に関わる書き込みを匿名の要約で採録する。

  1. ゲシュタルト心理学との関連は?(受講生)──心理学そのものの援用というより「図と地」というカテゴリーの拝借であり、両者の反転のダイナミクスを表現できる点に利点がある、と本編で回答された。
  2. なぜworldではなくuniverseなのか?(受講生)──「宇」=空間・「宙」=時間という漢語の語源、コスモスが持つ秩序・調和のニュアンスから、時間や道徳まで含む背景の全体を指すため、と翻訳者ならではの回答が展開された。
  3. 技術多様性から見て今の中国はどう見えるか?(受講生)──単一の土俵での極端な実践と多様性の萌芽の両面が語られ、論集『Machine Decision Is Not Final』が紹介された。
  4. 「技芸」は美術・工芸の技術のことか?(受講生)──本来は「技術」だが、宇宙開発との誤読を避け、あえて引っかかりを作るための訳語選択だったことが明かされた。
  5. ものづくりの例は設計段階の話。大量生産の段階にも適用できるか?(受講生)──設計の変容は製造をも変える。多品種生産が進む現代ではむしろ適用範囲が広がりうる、と対話が展開した。
  6. 「宇宙技芸の再発明」を今すぐ援用するなら、技術を無批判に取り込むのではなく「技芸」と「宇宙論」の要素に分解しながら捉えること——という理解でよいか?(受講生)──見事な要約として肯定的に受け止められた。
本レポートは、講義アーカイブ動画の自動文字起こしとスクリーンショットから生成したまとめです。発言の要旨は文字起こしに基づき編集していますが、細部のニュアンスは実際の講義動画をご確認ください。