SUMMARY感想まとめ
鍵概念「複層化」──技術(図)と宇宙論(地)が、融合でも断絶でもなく、差異を保ったまま相互に変化し合う関係──が、それぞれの制作現場に持ち帰られた回でした。「離れていないのに複数」という表現が印象に残ったという声が多く、建築・美術・組織づくりへの応用が具体的に語られています。
- 「伝統回帰でも安易な融合でもない」というユク・ホイの論旨への理解の更新
- 制作の中でコンセプトとモノが相互に変化する「複層化」の実感
- 建築・現代美術・障害のある身体など、自分のフィールドでの複層化の発見
- 「わからない」「バラバラ」を肯定する姿勢への共感
VOICES受講生の感想(全文)
講義後アンケートに寄せられた感想を、氏名を伏せたうえで原文のまま掲載しています。
- 本講義のテーマは、「ユク・ホイが唱える宇宙技芸の仕組み」だと捉えました。
受講前は、近代以降に西洋的なテクノロジーが世界中へ急速に普及したことで、日本固有の価値観が薄れてしまったと捉え、「今こそ日本的な価値観を取り戻し、それをテクノロジーに適用していくべきだ」という二項対立で考えていました。
しかし講義を経て、ユク・ホイの論旨は「伝統的価値観への回帰」や「最先端技術と東洋思想の安易な融合」のどちらも求めるものではないと理解しました。技術(図)と宇宙論(地)は、融合して差異が消えることもなく、かといって無関係に断絶するのでもない関係性にあります。
このような微妙なニュアンスを捉え切ることは容易ではありませんが、これからの技術哲学の学びや実際にものを作る際にも、この「複層化」の概念を思考の足場として大切に保持していきたいと思います。 - 本日の講義は、今まで受けてきた講義の内容を踏まえてまた新しい視座を与えてもらったと思った。図と地の概念から複層化についてでは、これまでの技術と世界の相互作用という捉え方から、一歩引いた関係の方があるのではないか、ということと理解した。あまりにも技術が世界に影響を与えていると考えすぎることなく、着地点を探すという姿勢が大切と思った。さらに、技術のことを考えるときに技術と世界に分解するということも発見だった(これまでは技術と世界を統合するというベクトルの方が強かったので)。なかなか難しい議論であった。
- 今回の講義で特に印象に残ったのは、伊勢先生が宇宙技芸の考察から提示された「複層化」という概念だった。技術と思想を一つに融合させるのでも、別々のものとして切り離すのでもなく、両者がそれぞれの違いを保ちながら関係し、その相互作用によって双方が変化していくという考え方である。「離れていないのに複数」という表現が特に印象に残った。
また、複層化をものづくりに応用した説明が興味深かった。制作では、最初に立てたコンセプトをそのままモノにするのではなく、実際につくるなかで素材や技術などの制約によってコンセプトが変わり、変わったコンセプトが再びモノのあり方を変えていく。制作とは、考えたことを形にする一方向の行為ではなく、つくることによって自分の思考や価値観も変わっていく過程なのだと理解した。
私はこれまで先に問いや枠組みを立て、それを具体的な事例に当てはめようとすることが多かった。しかし、実際に調べたり、制作したりする過程で、最初に立てた問いの方が変わっていくこともある。今回の「複層化」という考え方から、制作物だけを完成させるのではなく、制作との往復のなかで自分が持っている概念や価値観も変えていくこと自体が、ものをつくることの一部なのではないかと考えた。 - これまでの講義の流れも含めて、とても受け止めやすい内容でした。技術と文化背景についての成り立ちを、図と地のモデルによって、背景とその中で培われるものという関係だけでなく、「逆転しうるものである」という意味も含まれたものとして解釈する、という理解をしました。この「逆転しうる」ような関わり合い方という点に「複層化」が示す可能性(キモ)があるものと感じ、今後を見据えるための新たな指標にしてみたいと思っています。
「世界観」ではなくて「宇宙論」ということ、「技術」ではなく「技芸」というあたりの説明が特に腑に落ちる、というか忘れないようにしたい味わいでした。
私自身は「視覚だけに頼らない視覚芸術」というフィールドで活動しておりますが、その界隈で「障害は世界を捉え直すための新たな指標である」という田中みゆきさんのことばが広く受け止められています。障害のある身体には異なる宇宙論ががあり、そこで培われる技芸も異なっている。たとえば日本という同じ時代と環境にいながら異なる「宇宙技芸」で過ごす人々と交流すると、「似て非なるもの」をあぶり出しやすくなる。そんな尺度で私の現在地を相対化して眺めてみることができました。
(その他)ユク・ホイが「それをガラッと変えるのが芸術だ」と言っているという点について、現代美術に携わるものとして、もっと理解を深めなくてはと感じました。美術作品を作る際には、利用する素材(Material)がもつ文脈によって、作品のコンセプトが大きく変化するということが避けられません。Subject(主題)とObject(もの、素材)の主従関係に無自覚であるか否かは、現代美術と古典美術を見分ける指標の一つでもあるわけですが、そのような関係には「複層化」にちかいものがあるようにも感じられます。 - 複層化については、いろんな場面で適用できるか感じました。
例えば、建築においては、設計、施工、ユーザー(発注者)が重なりあっており、当初設計者が完全に設計したとしても、施工者が加わることでの設計変更であったり、反対に設計者による施工方法の変更がある。また、実際に工事が進み空間が立ち上がってくる中で、ユーザーとしての新たな発見により、設計変更や施工法の変更が発生する。
このように考えると、建物は、設計者が設計したものでもなく、発注者が作ったものでもなく、対等な関係で相互作用によって作られている。
さらに、建物という人工物と、自然という関係においても複層化が起きており、周りの自然(地形や日のあたり方)から建物が変わり、建物によって周りの自然・環境が変わるという関係性もある。
(その他)「わからない」「バラバラ」なことを肯定する、受け入れることは、とても自然で大切なことだと思いました。全てがわかる、というのは傲慢であり、わからないからこそ面白いと思いました。サカナクションの「怪獣」という歌を思い出しました。 - テクノロジーは文化と結びついており、セットで普及していく。西洋的テクノロジーは西洋的価値観を広め、その影響が過剰になると、世界は西洋的なものへと均質化していく。
例えば、現代のテクノロジーは「総駆りたて体制」として、人も資源も生産性・効率性へと動員していく。
そこで香港の哲学者ユク・ホイは、技術多様性を実現するために「宇宙技芸」という概念を打ち立て、個々の技術や文化固有の宇宙論(世界観・時間観・道徳観)が共生できる可能性を探っている。
宇宙技芸は、宇宙論にあたる「地」と、技術をはじめそれを形にする「図」によって構成される。かつて日本では、自らの文化を前提に西洋のテクノロジーを取り込もうとする「和魂洋才」の試みが繰り返されてきたが、ことごとく失敗に終わった。
これに対するユク・ホイの提案は示唆深い。「地」と「図」の断絶でも融合でもなく、接点を保ちながら相互作用するという在り方だ。
私たちはしばしば、自らの文化を卑下したり、西洋文化を盲目的に崇拝したりする。一方で、自らの文化や技術を良かれと思って他者や異文化に押しつけることもある。
伊勢さんが提起するものづくりの中で生じうる、モノと概念の「複層化」についてさらに考えを深めたい。技術の前提にある宇宙論と、自分・組織・国家の前提にある宇宙論に対して意識を向け、より鋭く洞察していく。そして、技術をつくり使う中で立ち現れる暗黙の宇宙観のシグナルを観察し、見逃さないようにしたい。
本ページの感想は、受講生アンケートの回答を匿名で掲載したものです。文意を変える編集は行っていません。