OVERVIEW概要
技術史の第4回は、技術史プロジェクトの共同企画者でもある国立科学博物館の沓名貴彦さんがついに登壇。島田さんのチンパンジー、相馬さんの縄文を受けて、素材(マテリアル)から前近代日本の技術史を通観する回となった。鍵は「装飾品」と「非鉄金属」。生きるために必須ではないはずの飾りにこそ、火を使う技術——パイロテクノロジー——の水準が刻まれている。材料工学から文化財科学へ進み、山梨県立博物館の学芸員を11年務めて科博へ移った沓名さんならではの、分析データと遺跡をつないだ2時間強である。
前半は日本における装飾品の歴史。遮光器土偶の耳飾りから、江田船山古墳の金銅冠と30センチの金銅靴まで繁栄した装いは、冠位十二階による服装の序列化・固定化とともに仏教の荘厳(灌頂幡・正倉院宝物)へ移り、武家の藍と白のモノクロームの中世でいったん痩せ細る。それを復活させたのは南蛮という外圧だった——阿国歌舞伎の多彩な赤、世界最古級のメダイ、そして江戸のかんざし・煙管・印籠。「当時としては最先端のエンジニアであり最先端技術」。後半は金属そのものへ。前近代の人類が使いこなした金属元素はわずか9つという事実から、「最も安定な鉱石(サビ)を不安定な金属へ変えていく」生産の流れ、鉛同位体やビスマスなどの不純物が語る金銀の流通ルート(武田家の黒川・湯之奥金山、石見銀山と博多・大内・大友の三角形)、灰吹法・焼金法・南蛮吹、そして小判の表面処理「色付」をJ-PARCの負ミュオンで非破壊分析する最前線まで、一気に駆け抜けた。
結びの言葉は「サイエンスからテクノロジーが生まれた最初の製品は半導体(20世紀半ば)。それ以前はすべてテクノロジーが先であり、テクノロジーが基盤。過去からしか未来を見ることはできない」。対話では、最先端半導体が象徴する「使わない技術は退化する」という現在進行形のロストテクノロジー、チンパンジーの「おしゃれ遊び」、金銀という「危ない色」に魅了される人間、そして役に立たないアリ釣りを極めるチンパンジー——第2回の「遊び」、第3回の「凝る心」と美しく合流して幕を閉じた。
CONTENTS講義の内容
1. オープニング──科博という研究機関0:00–3:05
冒頭は国立科学博物館の話から。展示は活動のごく一部で、本体は資料を収集・保管・保存して調査する研究機関であり、沓名さんの普段の職場は筑波にある。七沢からは「沓名さんの科博・技術史ツアー」をいつか実現したいという構想も飛び出した(「アウトリーチでやれたらいいですね」)。
2. 自己紹介──材料工学から文化財科学へ3:05–4:15
東京理科大で材料工学を修め、化学会社で半導体関連材料の研究開発に従事。その後、東京藝大の文化財保存学に入り直し、日本科学未来館のインタープリターを経て、山梨県立博物館の建設から開館後まで保存科学の学芸員として11年。2014年から国立科学博物館。研究対象は日本・東アジアからみた材料の歴史、特に金・銀・銅など非鉄金属の生産技術である。
3. 人類と技術──ファーイーストから技術史を見る4:15–11:20
アフリカで生まれた現生人類は世界へ拡散し、日本への到達は約4万年近く前とされる。世界史では石器時代→青銅器時代→鉄器時代という器物による時代区分があるが、ユーラシアの極東=ファーイーストに位置する日本では伝播が遅れ、青銅器と鉄器がほぼ同時に伝来し、生産技術の導入はさらに一層遅れた。ここに日本の技術史の面白さがある。
沓名さんの視点は、パイロテクノロジー(火工術)=火を使って物を作る技術から生み出された製品——セラミックス・メタル・ガラス——を手がかりに、技術の変遷と独自性を探ること。「地域独自の生産技術は存在するのか?」という問いに対し、日本の表面処理技術「色付」、新大陸の金銅合金トゥンバガや金-プラチナ合金といった候補が挙げられた。世界最古級の金製品(ブルガリア・ヴァルナ、6000〜7000年前)・自然銅利用(トルコ、紀元前9000〜7000年)・隕鉄加工品(エジプト、約5000年前)に対し、日本は弥生時代前期に銅と鉄がもたらされたのが出発点となる。
4. なぜ「装飾品+非鉄金属」か──鉄はビール、非鉄はワイン11:20–15:30
鉄は炭素量のコントロールが基本で、利用の拡大とともに装飾品から武器・実用品へ変わっていった。対して非鉄(金銀銅)は、砂金や自然銅といった純物質から鉱石利用へ進み、合金化(青銅)や表面処理による色調の変化が本領で、鉄の普及と入れ替わるように実用品から装飾品・祭祀具へ移っていく。この対になる関係を、沓名さんは「メソポタミアで民衆の飲み物だったビールと、権力と宗教の道具だったワイン——ビールが鉄であり、ワインが非鉄」と喩えた。だからこそ、非鉄金属の生産技術は日本の技術水準を知る手段になる。
5. 装飾品の歴史①──縄文の装い、弥生の人工素材、古墳の黄金15:30–23:30
遮光器土偶には赤い彩色、大きな耳飾り、結い上げた髪、体の文様が表現されている。是川(青森・八戸)の漆製の櫛や耳飾り、三内丸山のヒスイ(糸魚川産)、耳たぶを大きく伸ばして着ける土製耳飾り、南方の貝——縄文人は自然からの恵みで装身具を作り、交易で素材を動かしていた。それが弥生時代に一変する。人工素材=金属とガラスの利用が始まるのだ。ガラス小玉の多くは西アジアなど海外製だが、ガラス勾玉は「材料は海外・製作は日本」で、弥生のメトロポリス・奴国の中心(福岡県春日市)からは鋳型も出土している。ガラス素材の生産地は近代近くまで世界で4つ(西アジア・地中海・東南アジア・中国)に限られ、材質分析からその流通が見えてきている。古墳時代は装いの絶頂期——埴輪の男女はイヤリング・ネックレス・ブレスレットで着飾り、江田船山古墳からは金銅の冠、水色の飾りのピアス、足の長さ30センチ超の金銅の靴、純金のイヤリングが出土している。
6. 装飾品の歴史②──冠位十二階と、仏教へ移る装飾23:30–27:45
飛鳥から奈良へ。冠位十二階は冠と服の色・素材で役人の位を序列化した制度で、十三階・十九階・二十六階・四十八階と増え、大宝律令・養老律令に至る。どの身分の人がどんな格好をするかが固定化されていく中で、個人の装身具は弱まり、装飾の中心は仏教の荘厳へ移っていった。法隆寺宝物の灌頂幡はその象徴である。正倉院には、ラピスラズリやガラスの魚形を下げたベルト、聖武天皇ゆかりの冠の残欠などが残り、正倉院には沓名さんと同じ立場の研究者がいて材質調査が進んでいる(毎年の正倉院展もぜひ、と)。
7. 装飾品の歴史③──武家のモノクロームと、南蛮という外圧27:45–41:30
平安時代、十二単に代表される服装の変化とともに装身具はさらに弱くなり、装飾は儀式と宗教(飾剣、経塚のガラス玉、密教法具)に限られていく。公家社会から武家社会へ替わる中世は、甲冑を除けば藍と白のモノクロームの時代。遣唐使以来の中国からの文化流入が絶え、衣装が日本オリジナル化したことも装身具の衰退に重なる。「この時代に金属が一つでも指や耳に光っていたら、どれほど輝いて見えたか」。
それを復活させたのが戦国・桃山の外圧だった。阿国歌舞伎と南蛮屏風に見える多彩な赤(蘇芳・臙脂・コチニールなど海外からの染料)、マルコ・ポーロの「黄金の国ジパング」を追って来た大航海時代のヨーロッパが出会ったのは、実際には銀を産出するシルバーラッシュの日本(石見銀山)。大友氏の府内(大分)からは世界最古級とされるメダイやハンダ・真鍮製の十字架・指輪が出土している。江戸に入ると町人文化の中で櫛・かんざし・煙管・印籠が爛熟する。「今ならアーティストの仕事だが、当時としては最先端のエンジニアであり、最先端技術」。
8. 金属とは何か──前近代に使われた元素は9つだけ41:30–50:15
辞書の定義(金属光沢・展性延性・電気と熱の良導体…)から元素周期表へ。アルカリ金属・遷移金属・半金属と確認した上で、沓名さんが強調したのは意外な事実——紀元前から前近代までに人類が使いこなした金属元素は、鉄・銅・亜鉛・銀・錫・アンチモン・金・水銀・鉛のわずか9つしかない。元素の多くは18世紀以降、電気化学の登場(ファラデー、電気分解)によって初めて単離された。なお新大陸には金-プラチナ合金を使いこなした人々がいたが、ヨーロッパ中心主義の記述では「アウト・オブ・エリア」として扱われてこなかった、という指摘も。
9. 金属生産の流れ──最も安定な「サビ」から不安定へ50:15–59:30
前回の相馬さんの「いちばん安定なのはサビの状態」を受けて、鉱石こそ金属が戻りたい姿であり、生産とはそれを不安定な状態へ変えていく作業だと整理される。工程は、採鉱→選鉱(物理的作業:すり臼で粉にし、比重差を水で分ける「ねこ流し」——佐渡金銀山絵巻に生き生きと描かれる)→製錬(スメルティング:鉱物を金属に)→精錬(リファイニング:純度を上げる)→合金化→鋳金・鍛金・彫金・表面処理。こうしてできた金工品が、大切に伝えられれば伝世品、捨てられて発掘されれば出土品として現代に届く。赤字の工程が火力を使う——まさにパイロテクノロジーの部分である。
10. 日本における非鉄金属の変遷──技術は、使わなければ退化する59:30–71:15
弥生時代は銅鐸・銅剣・銅矛を日本で鋳造したが、材料はすべて海外製——鉛同位体法の分析で中国・朝鮮半島の鉛の領域が現れる。驚くべきことに、古墳時代までの日本は金属そのものを作れたとは考えられていない。製品やインゴットが来て、それを溶かして使う社会だった。第1の転換は飛鳥・奈良:遣隋使・遣唐使に伴い技術が入り、材料の国産化と全盛期を迎える(飛鳥池遺跡では鍍金=水銀アマルガム法の痕跡)。お坊さんは仏教だけでなく技術を伝える最先端技術者でもあった(灌漑・治水の行基)。平安〜鎌倉・室町は衰退と低迷——ここで重要な指摘が入る。技術はいくら優れていても、ニーズがなければ退化し、失われる。古代の灰吹法もガラスもロストテクノロジーになった。「現代も同じです。半導体だって作れなくなっていますから」。第2の導入期が戦国:灰吹法は1533年、博多商人・神谷寿禎が朝鮮半島から石見銀山へもたらした。そして江戸は鎖国の中での独自発展と消化の時代(後藤家による大判・小判)、明治は万国博覧会への工芸輸出の時代となる。明治に来た外国人は、産業革命以前の技術を連綿と使い続ける日本を「ロストテクノロジーを持っている国」と見たという。
11. 山梨の金、石見の銀──不純物が流通を語る71:15–86:55
金は長らく砂金の採集が主な入手法で、鉱山からの採掘は遅れた。それがいつ始まったかを教えてくれるのが山梨である。武田家が開発した北の黒川金山と南の湯之奥金山——両者は鉱脈が違うため不純物が異なり、黒川はビスマス、湯之奥は鉛を指紋として、金が武田氏館・勝沼氏館といった中世城館(生産・管理)から城下町(金工品の生産)へ流れたことが、るつぼに残ったゴミの分析から見えてきた。しかも全国の戦国遺跡を調べても、金鉱石を溶かした痕跡は青森・埼玉などほんの数カ所。山梨県内だけで10カ所以上あり、「逆に言えば、他の土地は砂金が豊富で鉱石まで掘る必要がなかったのだろう」。大判・小判の需要が鉱山開発を本格化させるのは秀吉・家康の時代で、武田はその前段階の象徴。武田遺臣の大久保長安が徳川に仕えて石見銀山、そして佐渡の奉行へと渡り歩いたように、技術者はつながっていく。石見銀山も同じ方法で読める——支配者の大内氏(山口)、国際貿易港・博多(大内と大友の共同経営)、大分の大友氏という三角形の遺跡から、石見の銀の指紋であるビスマスが検出され、銀の流れが見えてくる。
12. 灰吹法・焼金法・南蛮吹──金銀を分ける化学86:55–91:50
非鉄金属生産を支えた精錬技術が続けて紹介された。灰吹法は鉛を使う銀精錬:銀と相性のよい鉛に銀を取り込ませ、その後空気を当てて鉛だけを酸化させて除くと銀塊が残る。焼金法は塩を使う金銀分離:金銀合金(エレクトラム)の粉を塩と混ぜて長釜で焼くと、土器の鉄分が触媒となって塩化銀ができ、水で揉み洗うと金の濃度が上がる——「塩むすびの山盛りに見えるのは金銀の粉」。この技術は佐渡でしか行われなかった秘伝中の秘伝らしい。南蛮吹は銅に含まれる銀を鉛で抜き取る技術で、住友家の祖・蘇我理右衛門が南蛮人から教わったと伝わる(銅と鉛はドレッシングの水と油のように混ざらず、融点差で分けられる)。起源は15世紀半ばのドイツの技術とされるが、日本への導入経路はまだよく分かっていない。
13. 「色付」とJ-PARC──小判は、皮が金色のまんじゅう91:50–107:00
江戸の小判10種はすべて、最終工程で色付という表面処理が施されている。色付薬を塗って炭火で「せんべいを焼くがごとく」加熱すると、表面の銀分が薬と反応して水に溶けるようになり、洗い流せば表面だけ金濃度が上がって色が良くなる。沓名さん自身の実験では、金50%の板が金70%ほどの色になった。天保小判の破壊分析では、表面から深さ数ミクロンで金と銀の濃度が逆転するプロファイルが得られている——「外側がもなかの皮、中は白あんのまんじゅうなんです。でも皮は金色」。
ただし破壊分析は文化財にはできない。そこで登場するのが茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCである。陽子を原子核にぶつけると中間子(湯川秀樹のノーベル賞の研究対象)ができ、そこからミュオンが生まれる。ミュオンの速度を変えると試料に止まる深さが変わり、止まった場所から元素固有のミュオン特性X線が出る——つまり壊さずに深さ方向の元素分析ができる。この装置は世界に5カ所、うち2カ所が日本にある。最近は名古屋城の金鯱の分析が論文・記者発表になった。1612年の築城以降3回の修理が記録されており、蛍光X線と負ミュオンの調査で、小判と同じ表面処理が行われていたことが分かってきた——「城の金工がその技術をどう知ったのか。後藤家との関係があるのか。これから調べたら面白い」。
もう一つの表面処理が銅合金の煮色。真鍮・純銅・黒味銅・四分一・紫金——合金を薬液で煮ると皮膜ができ、それぞれ固有の色に発色する(漆黒の赤銅が最上とされる)。海野勝珉の《蘭陵王置物》や鈴木長吉の《十二の鷹》(シカゴ万博出品・ともに重要文化財)は、この技術による色彩の象嵌だ。「アートでもあるけれど、テクノロジーとしてもすごい」。まとめとして——サイエンスが先にあってテクノロジーが生まれた最初の製品は20世紀半ばの半導体であり、それ以前はすべてテクノロジーが先。テクノロジーが基盤であり、「過去からしか未来を見ることはできない」。コークスのない時代に木炭で金属を作れたのなら、その技術は今ならもっとエコに作る手がかりになる——「それが最先端なのかもしれない」。
14. 対話──失われる技術、おしゃれ遊び、危ない色107:00–129:23
島田さんが合流した対話は、まず「使わない技術は退化する」の現在形から。最先端半導体のステッパーは日本では作れなくなった一方、iPhoneを支えるシリコンウェハーは実質日本の2社が担う——そのノウハウが失われたら終わりという「綱渡り」は、今も続いている。七沢は自らのパイロテクノロジー実践(野焼き・穴窯・炭焼き、沓名さんの仲間のたたら実験への参加、山梨の森に炉を作る構想、「釉薬は結局ガラス」への挑戦)を重ねた。
受講生からは本質的な問いが音声で届いた——前回までは「必要が技術を生む」話だったのに、加速器まで来ると「できることがあるからやってしまう」濁流のような勢いを感じて怖くもある。沓名さんはこの研究のどこが嬉しいのか? 答えは二つ。「終着駅(ファーイースト)だから見える風景があり、そこから金銀銅をキーワードに西へ遡りたい」という大きな計画と、「るつぼの中に金の粒を見つけた時のワクワク感。それは1000年前の人も同じだったはず」。では、チンパンジーは金属の輝きにどう反応するのか? 島田さんいわく、彼らが自然界で金属に出会うことはまず無いが、観光客が落としたネックレスを拾って首に掛けて歩く個体がいる——「おしゃれ遊び」と名付けられ、好きな個体とそうでない個体がいる。そしてアリ釣りは生きるためには時間の無駄なのに、「取れると楽しい」から極めようとしているとしか見えない。技術が洗練されて行き着くところまで行く原動力としての遊び——それはアートとも通じる。
終盤、受講生から「人はどこで魅了され、狂わされてしまうのか。要らないはずの技術をめちゃくちゃに突き詰めてしまう転換点が気になる。3つの授業が全部つながっているのが分かって、とても嬉しい」という感想。沓名さんは「金は物性としては柔らかくて使いにくい。それでも人間は金色に惑わされてきた。金と銀は人間にとって別格の、危ない色なんだと、調べていていつも思います」と応じ、「本当は3倍の時間お聞きしたかった」という声とともに閉会した。
SUMMARY今夜の要点
- 日本はファーイースト──青銅器と鉄器が同時に来た極東ゆえに伝播が遅れ、世界史の時代区分が日本では重なって届く。生産技術の導入はさらに遅れた。この「ずれ」こそ日本技術史の面白さの源泉。
- 鉄はビール、非鉄はワイン鉄は装飾から武器・実用品へ、非鉄は実用から装飾品・祭祀具へと、対になって入れ替わった。だから非鉄金属の生産技術は、その社会の技術水準を知る手段になる。
- 装飾の歴史は繁栄・衰退・復活の波縄文の装い→古墳の黄金→冠位十二階による服装の固定化→装飾は仏教の荘厳へ→武家のモノクローム→南蛮の外圧で復活→江戸のかんざしは「最先端エンジニアの仕事」。
- 前近代に人類が使いこなした金属元素は9つだけ鉄・銅・亜鉛・銀・錫・アンチモン・金・水銀・鉛。残りの大半は18世紀以降、電気化学とともに単離された。わずか9つを使い倒してきたのが金属の歴史。
- 金属生産とは「安定からの逆走」鉱石(サビ)こそ金属が戻りたい最も安定な姿。採鉱・選鉱(物理)→製錬・精錬(化学)→合金化・加工と、不安定な状態へ変えていく火の技術がパイロテクノロジー。
- 技術は、使わなければ退化する古代の灰吹法もガラスもロストテクノロジーになり、戦国に海外から再導入された。最先端半導体やシリコンウェハーの「綱渡り」は、その現在形である。
- 不純物が歴史を語る鉛同位体・ビスマス・鉛という「指紋」から、武田の金山から城下町へ、石見銀山から博多・大内・大友へという金銀の流通が見える。小判の「色付」は負ミュオンで非破壊のまま深さ方向に読める。
- テクノロジーはサイエンスに先立つサイエンス発の最初の製品は20世紀半ばの半導体。それ以前はすべて技術が先で、技術が基盤。「過去からしか未来を見ることはできない」——木炭で金属を作った技術は、最先端のエコ技術の手がかりかもしれない。
APPENDIXチャット欄から(匿名要約)
- 沓名先生がこの研究をしていて嬉しいのはどんなところか。前回・前々回は「使い手が技術を生み出す」話だったのが、今回は技術にそそのかされ、振り回される人間の様子も感じて怖い気もした——音声での対話に発展。「終着駅から風景を遡りたい」「金の粒を見つけた時のワクワク感」という答えと、「人はどこで魅了され、狂わされるのか」という感想へ。
- 飛鳥・奈良の頃に日本に金属の製造技術があったのかどうか分かっていない、というのは意外だった。鉄器や青銅器が見つかった=ゼロから製造できた、というわけではない——言われてみれば当たり前だが。(他の受講生から❤️のリアクションも)