OVERVIEW概要
第6回の講師は、世界初のクローンマウス作製で知られる生殖生物学者・若山照彦氏。副題は「人類は1000年後も繁栄しているのだろうか」。クローン技術と宇宙生殖を掛け合わせ、人類が銀河系へ広がる千年後を本気で扱う研究室の全貌が語られた。
前半はクローン技術の基礎と歴史。ジャガイモも果樹も実はクローンであること、ガードンの「初期化」発見がiPS細胞へつながったこと、そして1998年のクローンマウス成功。だが作ってみると胎盤の巨大化、肥満、早死になど未知の異常が続出し、成功率は数パーセントのまま。若山氏は「何をやっても失敗」と率直に語り、失敗もまた論文にしてきた。
後半は応用と宇宙へ。凍結死体・尿・糞からの遺伝資源回収、フリーズドライ精子(インスタント精子)のISS実験、無重力での受精卵発生、月の地下への遺伝資源保存構想。そして20年・58世代にわたる再クローニング実験は、「有性生殖で遺伝子の50%を切り捨てることこそが不可欠だった」という、自らの過去の論文を否定する結論に到達する。生命の定義、倫理、そして実験動物への慰霊まで——科学の最前線と人間の営みが交差した回だった。
CONTENT内容
1. オープニング — SFを本気でやる研究室0:00:00–0:05:14
七沢氏より若山照彦氏を紹介。クローン研究の世界的第一人者であり、副題は「人類は1000年後も繁栄しているのだろうか」。若山氏は冒頭でこう宣言する——クローン技術と宇宙生殖を掛け合わせ、1000年後に人類が銀河系を超えて広がる時代を扱う。
「SFみたいなことを本気でやっているというのが、僕らの研究室になります」— 若山照彦(0:04:56)
2. クローンに価値はあるか0:05:14–0:13:29
若山氏の答えは「価値は多い」。基礎生物学の実験材料、和牛クローン(美味しかった肉から同一肉質の牛を量産し高級和牛を安く流通させる)、ペットクローン、再生医療・臓器作製、絶滅危惧種の保護と絶滅種の復活、そして遺伝資源の保存——有性生殖では親の遺伝子は半分しか伝わらないが、クローンなら100%次世代に伝えられる。さらに1000年後の宇宙進出に必須の技術でもある。
3. クローン研究史と「初期化」0:13:29–0:23:01
この初期化を基盤に山中伸弥氏がiPS細胞を作り、2012年に両者がノーベル賞を受賞した。しかし皮肉なことに、ガードン博士の成果は「分化が進むほどクローンは困難」という定説を固定し、「哺乳類の体細胞クローンは絶対不可能」という常識を生んでしまった。
1997年にクローン羊ドリーが前触れなく発表される。若山氏らはマウスで競争しており2位となったが、翌1998年にクローンマウスに成功しNature表紙を飾った。マウスは小型・安価で多数実験でき再現性が高く、この手法は現在も標準である。1匹しかいなかったドリーの真正性を証明したのも、このマウスの成功だった。
世界初のクローンマウスは卵丘(cumulus)細胞由来のため「キュムリナ(Cumulina)」と名づけられた。
4. 作ってみて分かった「未知のこと」0:28:50–0:34:30
「実際に作ってみたら、初めて未知のことがいっぱい出てきたんです。わけの分からないことがいっぱい出てきました」— 若山照彦(0:29:14)
「何をやっても失敗、どんなことをしても失敗というのはずっと続いています。失敗ということも論文として報告しています」— 若山照彦(0:34:47)
5. 応用① 再生医療とクローンES細胞0:38:00–0:46:40
しかし健康な女性からの卵子提供という倫理的デメリットが解消できず、この後iPS細胞が登場する。再生医療の主役はiPSへ移り、クローン技術は畜産と遺伝資源の分野へ軸足を移した。
6. 応用② 絶滅動物の復活と遺伝資源の回収0:46:40–0:55:05
マンモス復活には、ゾウの繁殖生理・胚移植・核移植の基礎研究に加え、妊娠期間2年・推定1000頭規模・数十年と巨額の費用が必要で「科学的よりも経済的に難しい」。日本には永久凍土がないため、ニホンオオカミやニホンカワウソの剥製からの復活も試みられている。
7. 宇宙へ — フリーズドライ精子と月の地下0:55:05–1:14:20
凍結乾燥精子から生まれたマウスは「ドライモン」。ISSでの被曝実験では、最長6年のデータから宇宙放射線に約200年耐えられることが判明。防護剤を併用し月の地下(溶岩チューブ)に置けば2500年の保存が可能という見通しを得た。無重力での受精卵培養も、微小重力23.6%/人工1G 31.1%が胚盤胞に到達し、哺乳類受精卵をほぼ無重力で正常発生させた世界初の成果となった。
「この方法だと生き返る。なので教科書の定義がまたおかしくなってきました。生命の定義がちょっと分かりにくくなってきます」— 若山照彦(1:06:17)「細胞膜が壊れたら死」という定義が揺らぐ
8. 20年・58世代の再クローニング — 自らの論文を否定する1:14:20–1:26:00
しかし27代目以降、深刻な遺伝子変異が増加。58代目で成功率0.6%となり実験続行不能となった。自然交配より約3倍多い突然変異が蓄積していたのである。
「僕らは自分たちが報告した論文を自分たちで否定することになってしまったんですけれども、結果として、哺乳類はクローン生殖で系統を維持することができないということが分かった」— 若山照彦(1:21:50)
後のQ&Aで、57〜58世代のクローンマウスを通常マウスと交配すると正常な次世代が生まれたことが明かされる。結論は明快だった——「有性生殖によって50%の確率で遺伝子の中のいい奴を次の世代に伝えることが、不可欠だった」(2:00:01)。半分を捨てる仕組みこそが、悪い変異を切り捨てる機構だったのである。
9. 倫理と法規制1:26:00–1:31:45
「ヒットラーのクローンは作ってはいけないけど、アインシュタインのクローンは丸なんて、誰が決めていいのかという問題がありますよね」— 若山照彦(1:27:38)
最大の隘路である卵子提供については、不妊治療の体外受精で毎日廃棄される受精失敗卵を核移植に転用する実験を実施し、クローンES細胞の樹立に成功している。
10. Q&A・ディスカッション1:31:45–2:08:13
- 再生医療の実用化の壁は倫理か開発期間か → 壁は倫理ではない。iPS細胞は無限増殖する「健康ながん細胞」のようなもので、心筋シートなどに未分化iPS細胞が混入すればがん化する。混入ゼロの保証と、正しく分化したかの検証という科学的課題が残る。
- 遺伝子の50%喪失はなぜ問題か → 伝わらなかった側に重要な遺伝子(家畜の病気耐性など)があれば、その家系から永久に失われる。絶滅動物の復活はその逆で「今ない遺伝子を手に入れる」行為。
- なぜ1000年後か/「繁栄」の定義 → 「僕にとっての繁栄は、スターウォーズの世界が実現するかどうかっていう意味」(1:49:06)。人類が他の惑星で普通に生活する状態を指す。
- 卵子は作れるのか(長谷川愛氏) → 卵子のフリーズドライは未成功。iPS/ES細胞から卵子を作る体外配偶子形成に期待している。
- 無重力で重力は不要と分かったのは予想外か → 実は無重力培養では25%の胚盤胞で胎児になる部分が2箇所に分かれた。重力が胎児部位を1箇所にまとめている可能性があり、無重力では双子・三つ子化のリスクがある——「重力はやっぱり必要なのかもしれません」。
- 実験動物の慰霊碑 → 「僕がセンターで動物の慰霊碑を作っているのは、学生たちの教育のためなんですね」(2:03:01)。「実験動物なんだから死んで当たり前」と思わせないため、年1回慰霊祭を行い学生に献花させている。
クロージングでは、長谷川愛氏の山梨県立大学着任と11月「デザイン論」でのスペキュラティブデザイン、山梨大・若山研との継続的コラボへの期待が語られ、受講生には批判的意見も含めた自分の考えのまとめが求められた。
CONCLUSIONまとめ
- クローンは身近にあり、価値も多いジャガイモも果樹もクローン。和牛の量産、絶滅種の復活、そして親の遺伝子を100%伝える遺伝資源の保存——「自然界にないから無価値」という直感は正しくない。
- 作ってみて初めて未知が見えた成功率は数パーセント、胎盤は2〜3倍に巨大化、肥満と早死に。原因は「初期化の失敗」と考えられるが詳細は不明。若山氏は失敗も論文として報告し続けてきた。
- 遺伝資源は「今役に立たないもの」こそ残すジャガイモ飢饉の教訓。1000年後にどの遺伝子が必要かは誰にも分からない。尿や糞、凍結死体からの回収技術は、絶滅危惧種に触れずに遺伝資源を得る道を開いた。
- 宇宙生殖は「インスタント精子」から始まった液体窒素なしで室温保存できるフリーズドライ精子はISSで6年被曝し、放射線に約200年耐えると判明。月の地下なら2500年。無重力でも受精卵は発生するが、重力が「一つの個体」を形づくっている可能性も見えてきた。
- 有性生殖の「半分捨てる」が不可欠だった20年58世代の再クローニングは、自らの「無限に続けられる」という論文を否定する形で終わった。変異が100%伝わり蓄積するクローン生殖では系統を維持できない。半分を捨てる仕組みこそが生命を続けさせてきた。
第5回(藤井直敬氏)が「現実は脳の中にある」という内側への問いだったとすれば、第6回は1000年後・銀河系という極端な時間軸から生命そのものを問い直す回だった。「SFを本気でやる」という姿勢と、実験動物への慰霊という手触りが同居する——mUの問い「AI時代の“つくる”とは」が、生命を「つくる」という最も重い領域まで届いた回である。
APPENDIX付録 — Zoomチャット・ディスカッションまとめ
講義中のZoomチャットの議論を、発言者名を省略しテーマ別に要旨整理する。生命科学のバックグラウンドを持つ受講生が多く、専門的な議論が活発に交わされた。
研究への驚嘆と実感
- 「Natureの表紙は異次元すぎる、、、すごい、、、」「悉く飛躍的な実験を成功させていく力がすごいですね」「執念がすごすぎる」「頭の中身見てみたい。そもそもこんな方向で研究していくとする意思決定が、、」
- 「大学院まで生命科学を勉強してきましたが、気づけば誰のためにもならないうんちくしか覚えてません。若山先生のお話を聞いて、古い記憶が呼び起こされます。もっと勉強しとけばよかったと、なんだか変な気持ちになっております」——多くの共感を集めた。
- 「FUN CELL笑 海外の方から見ても、funnyなcellでセンスが溢れてますね」「インスタント精子・・・小説にありそう」「宇宙に浮くフリーズドライ精子というワードが面白過ぎて、笑ってしまいました。でもこれだけでロマンありますよね」
- 「冷凍技術の発達は、私たちが美味しいものを食べられるだけではなく、さまざまな分野の発展に寄与してますよね」
専門的な問いかけ
- 「『初期化』とはそもそもどんなプロセスなのでしょう。判っているのでしょうか」——受講生同士で「DNA配列は同じだが、修飾されて形を変えた染色体を人為的にほどきにいく技術のはず」という応答も。
- 「なぜ50数世代目で途絶えてしまったのだろう。複製エラーは蓄積されるが、そのエラーもランダムなので、ダメなところに入ってしまうと継続できなくなるのか」——この問いは講義Q&Aで直接取り上げられた。「細胞が分裂すると必ずDNAにエラーは入る。それが蓄積するとがんになる」「遺伝子複製のエラーは乗り越えられない」という受講生同士の考察も深まった。
- 「iPS細胞や再生医療は期待が寄せられるものの、今年も製薬企業が共同研究を中止するなど実用化に課題がある。開発段階の問題なのか、倫理的な問題なのか」(Q&Aで回答)。
- 「マンモス復活計画は、北極圏での放牧によりツンドラ地帯の永久凍土の融解を遅らせるなど、地球温暖化を遅らせる実用的な目的もあるようです」という補足情報の共有。
倫理をめぐる議論
- 「他人の卵子の提供を受けることが倫理的に問題があるとしたら、自分の卵子なら問題ないのでしょうか。女性が若いうちに卵子を凍結し、将来必要な病気にかかった際の資源として活用する、とか」——「倫理的なハードルに男女差が含まれるのか、という点も気になる」という応答も。
- 「遺伝子が50%失われることが問題なのでしょうか?ダーウィンの進化論からすると、一部は捨ててでも環境に適応してきたのが生物の基本戦略だったのでは?」(Q&Aで回答)
- 「そもそもなぜ人類の遺伝子を何としてでも保存したいと思われるのでしょうか?ここまで素晴らしい成果を上げられる背後にあるモチベーションが気になります」(Q&Aで回答)——「そのために専門外であるはずのデバイス開発にまで着手されているのが本当にすごい」「どんな球も拾う名カットマンみたいですね」という反応。
- クローン人間の事例について「倫理の議論を飛び越えておかしいだろうと思いました。罰せられたと言っても、そもそもなぜ実施できたのだろうというのも不思議」——前回(第3回・中国回)の「帳尻を合わせる」議論との接続も指摘された。
- 「保存した遺伝子をデータベースとして持つ意義は分かるが、どう復活させるかは倫理的問題を孕むと思う」
実験動物と研究者の姿勢
- 慰霊碑の話題に「うちの大学もショウジョウバエの祠?慰霊碑?がたしかあったような…」「私がいた研究室も大量のハエを育て殺していたので、『僕たちはろくな死に方しないよ』と当時のボスに言われて過ごしました。地獄で同じことをされるはずだと」という体験談。
- 「役に立つか立たないかは社会や環境の観点で定められると思っていましたが、致死的な役の立たなささというのもあると考える必要もあるんですね」——「役に立たないというより、共生のあり方についての問いのようですよね」という応答。
締めの一言
「生命科学の方々は本当に数千年後のことを考えてる。私には到底考えが及ばないし、それよりも目の前の人を救いたい衝動が強いですが、両方ともにそれぞれ意義があるものだと思います。時間軸が違うだけで、人間を救うことだと思います」— 受講生のコメントより。「何が人の役に立つかもわからないので、好奇心に任せて研究を続けていくことがいつか人類のためになるかもしれない。千年先を見据えて研究を続ける方がいることもまた重要なはずだと信じています」という声も。