OVERVIEW概要
第4回の講師は、Ethereumエコシステムでデジタル公共財への資金分配メカニズムを研究開発する守慎哉氏。「怪しい」「金儲け」「NFT」——ブロックチェーンにまとわりつく連想をアンラーンし、「レジリエンスな社会のためのインフラ」として捉え直す2時間だった。
守氏はもともと「長く残り続けるものに携わりたい」と官僚を志望し、省庁面接まで進んだ段階でブロックチェーンに出会って転向したという経歴の持ち主。「国家の公共政策よりも長く残り、より公共性が高い」——この確信を軸に、講義は①ブロックチェーンとは何か(止まらない・復旧するための設計思想)、②コミュニティの根底に流れる文化と思想(サイファーパンクからd/acc、Pluralityまで)、③私たちは何を作ればいいのか(デジタル・オフグリッドと「kuu village」の実践)の3部で展開された。
結論はこうだ。ブロックチェーンは平時には「役に立つと感じにくい」。その真価は、戦争や災害といったブラックスワンの時にこそ発揮される、永遠に動き続ける恒久インフラである——「Ethereumは夢から生まれた。自由への夢である」というEthereum Foundationの言葉に貫かれた、技術と思想が一体になった回だった。
CONTENT内容
1. オープニング — 官僚を目指した青年がブロックチェーンへ0:00:00–0:04:17
七沢氏より守氏を紹介。2020年から世界第二の規模のブロックチェーンEthereumのエコシステムに貢献し、オープンソースソフトウェアなどの公共財に対する資金分配メカニズムやインパクト評価の研究開発を行う。2024年にはEthereum Foundation主催の国際カンファレンス「Devcon SEA」で研究成果を発表、デジタル公共財の国際カンファレンス「Funding the Commons Tokyo」を共同主催している。導入トークでは「もともと官僚を目指していた」というエピソードが掘り下げられた——スタートアップのプロダクトが生まれては消えることに虚しさを感じ、「長く残り続けるもの」=公共政策を志したという原点である。
2. アンラーンの入口 — 「怪しい」の先へ0:04:17–0:14:49
本講義の目的は「なぜブロックチェーンを使うのか」に自分なりの回答を持てるようになること。答えは冒頭で先に明かされた——「レジリエンスな社会のため」。
「ブロックチェーンの方が、国家や官僚がやろうとする公共政策よりも長く残り続けるものに思えたし、より公共性が高いと感じた。僕としては、すごく公共事業をやっている感覚でいるんです」— 守慎哉(0:12:57)官僚志望からの転向理由
3. ブロックチェーンとは — 止まらないアプリケーション0:14:49–0:31:07
止まらないための設計は、単一障害点の排除=ネットワークと権限の分散化、地理的分散、クラウドよりローカル。止まっても復旧するための設計は、オープンソース公開・クローン可能性・レゴのようなコンポーザブルな構造。ブロックチェーンはこの「ブラックスワンを想定した設計」からスタートしている。
4. DAOとインセンティブ設計 — 成功と失敗を分けるもの0:31:07–0:39:35
5. ブロックチェーンは「公共事業」0:39:35–0:45:07
ブロックチェーンのコミュニティから見れば、現在の社会システムは脆弱であり、良くてもロバストにすぎない。Ethereumは「生活を便利にする」テクノロジーではなく「安定した生活」を実現するための公共事業である——この視点の転換が、講義前半の到達点である。
6. 根底に流れる思想 — サイファーパンクからd/acc、Pluralityへ0:45:07–1:11:29
後半は「未来学っぽい話」として、コミュニティの根底に流れる文化と思想を巡る。出発点は1993年のサイファーパンク宣言(暗号技術で個人の自由を守る)とソーラーパンク(自然と調和した未来像)。カウンターカルチャー、ヒッピー、DIY、パーマカルチャーの系譜であり、守氏は「遠い未来から見れば、Ethereumも含めて今は『ヒッピーの時代』と呼ばれるのではないか」と第1回講義に接続した。
7. 私たちは何を作ればいいのか — デジタル・オフグリッドとkuu village1:11:29–1:28:12
「ブロックチェーンは役に立つと感じにくいと思います。なぜなら、役に立つ瞬間がないから。役に立つ瞬間はブラックスワン——予期せぬ危機、戦争とか災害とか、混沌に陥った時にこそ真価を発揮するものだと思っています」— 守慎哉(1:26:31)講義の結論
8. Q&A・ディスカッション1:28:12–1:59:54
プライベートブロックチェーンについて(前回の中国回の政府主導チェーン、受講生から質問のあった某国の中央銀行デジタル決済システムを受けて)——守氏の回答は明快だった。
「僕は言いますが、それはブロックチェーンじゃないです。それは嘘です。騙されてはいけない。なぜかというと、止めることができるからです」— 守慎哉(1:29:19)。51%を握れば理論上改ざんでき、「やらないだけ」。むしろ中央サーバーと名乗って責任を持つ方が誠実だ、と。
普及の条件——「GoogleやYouTube並みに軽くラフなUI/UXが必要。しかし、それでもなお普及しない。有事が起きないとブロックチェーンの良さは分からない。オルタナティブをオルタナティブとして待機させておくのが誠実な回答」。実際に普及が進むのはナイジェリア(暗号資産ユーザー約7割)やエルサルバドルなど、既存システムより「技術を信じる」方が合理的な場所である。日本にとっては、自然災害への防災的リスクヘッジとしての意味が示唆された。
富の再分配になりうるか——トークンは「何もないところから価値が生まれる」一見ポンジ的な発想だが、オープンソース開発者やボランティアへのグラント分配として実際に機能している。格差是正・政情不安国の救済——止められないシステムとしての安定に加え、銀行手数料が高いグローバルサウスでは1ドル未満のマイクロペイメントが低手数料で可能という実利で普及している。
終盤は長谷川愛氏を交えて民主主義と国家をめぐる本質的な議論に。「チェーン自体は人の意見と無関係に動き続けるが、何を作るかの合意形成にはリスクが残る。だからこそPol.isのような合意形成技術を加速させたい」と述べたうえで、守氏は自らの立場を率直に明かした——「僕は『国家っていらなくない?』という発想が前提にある。自分と周りの人たちだけで生きていく環境をつくる。ヒッピー的な価値観が現代に残っている感じ」。これに対し長谷川氏から「漁業権や森林などの資源管理にはむしろ官僚制が必要では」という反論があり、資源収奪への歯止めの問題は第1回の松島氏の議論とも接続する宿題として残された。
9. クロージング1:59:54–2:02:40
七沢氏の総括:未来の構想は多次元的であり、既存のテクノロジー概念・「作る」概念では限界がある。守氏が示したブロックチェーンは、それを超えるための新しい概念の鍵の一つ。最終回(第8回)には守氏はじめ各講師にも参加してもらい、全員で問いを再考したいと提案された。また、意識研究財団が購入予定の北杜市の森でのフィールド講義・井戸掘りなど「ビレッジ」構想の実践も予告され、「学びを止めない、実践を止めない」の言葉で締めくくられた。
CONCLUSIONまとめ
- ブロックチェーンの本質は「止まらないこと」スマートコントラクトの本質は「永続的スクリプト」。単一障害点の排除・分散化・オープンソースという設計はすべて、ブラックスワンを想定した「止まらない・復旧する」ためのものである。
- 「便利」ではなく「安定」のための公共事業市場が供給できず政府が担ってきた公共財の領域に、国家より長く残るインフラとしてアプローチする。金儲けの道具という連想は、この技術の一面にすぎない。
- 技術の背後には思想があるサイファーパンクからd/acc、Pluralityまで——「どの方向に加速するか」「違いを力に変えられるか」という問いがコミュニティを駆動している。ネットワークステートとデジタル民主主義の緊張関係も含めて、イデオロギーの地図を持つことが未来を読む力になる。
- デジタル・オフグリッドという実践ブロックチェーン、ローカルLLM、自己ホスト、メッシュ通信を、井戸や太陽光と同じ「自立した生活のインフラ」として捉える。kuu villageのような小さな実験が、「国家に依存しない生活」のプロトタイプになる。
- オルタナティブをオルタナティブとして待機させるブロックチェーンの真価はブラックスワンの時にしか分からない。だからこそ、平時から動き続ける代替インフラを育てておくこと——それが「レジリエンスな社会」への誠実な備えである。
第3回で高口氏が描いた「未来を構想しない中国」と対照的に、第4回は「自由への夢」という思想から未来のインフラを構想するコミュニティの話だった。国家・市場・コミュニティの間で「つくる」をどう再配置するか——mU全体を貫く問いが、また一つ具体的な足場を得た回である。
APPENDIX付録 — Zoomチャット・ディスカッションまとめ
講義中のZoomチャットの議論を、発言者名を省略しテーマ別に要旨整理する。
実務の最前線から
- 「今の潮流はスマートコントラクトの実装、RWA(現実資産のトークン化)では」という指摘に、「LLMエージェントの発展も合わさって盛り上がっている」という応答。
- ブロックチェーンゲームについて「ポンジスキーム的で、トークンエコノミクスの設計が問題かも」という講義内容(インセンティブ設計の失敗パターン)に呼応する観察や、「51%問題」への言及。
- 「先日のWebX2026で、金商法改正により官民一体で伝統金融資産をトークン化し、スマートコントラクトでAIが扱えるようにする動きを確認した。米国のETFやRWAなど、ブロックチェーンの理想と離れる方向に実装が進んでいるからこそ、守さんの研究の方向性は重要」という業界動向の共有。
東南アジアの決済インフラをめぐって
- 東南アジアで現地の銀行決済インフラにブロックチェーンが使われている体験談(「決済や送金がとても楽で便利だった」)が共有され、そこからAIで調べた上での踏み込んだ質問に発展——「許可型ブロックチェーンは結局、中央銀行や参加銀行の許可が必要で、普通の中央集権型と何が違うのか。移行コストをかけてもブロックチェーンを選ぶ価値があるのは、どんな国や状況なのか」。この質問は講義Q&Aで取り上げられ、守氏の「許可型はブロックチェーンではない」「政治が機能しない場所・戦時下・災害国で真価を発揮する」という回答を引き出した。
- 「中央集権の方が向いている領域もあるのでは。自律分散の世界は魅力的だが、平和ボケしている日本ではなかなか思考が進みにくい技術だと感じる」という内省的なコメントも共感を集めた。
社会への応用可能性
- 「政情不安や政治腐敗がある国を救う利用方法、格差を減らす仕組みとしてのアイデアはあるか」という質問(Q&Aで回答)。
- 「ブロックチェーンの利点はトークンエコノミーによる『通常は価値と見なされないものを含む、あらゆるものの価値交換』であり、富の再分配の手段になりうるのでは」という考察(Q&Aで回答)。
- 「地域がもっと好きになって地元に戻ってくるような事例はあるか」という質問や、社会貢献活動にコインを付与するサービスへの言及、「そういうものを車をハブとして作りたい」という受講生自身の構想も。
- サプライチェーンのトレーサビリティ事業への疑問、資源管理における中央集権の役割など、講義後半の議論と響き合う論点が次々に投げ込まれた。
思想と体験
- 「コロナでZoomが急激に広まったことを思い出していた」——「有事にならないと良さが分からない」という守氏の普及論への、体験からの応答。
- 「ヴィタリックさんかっこいい」「これとバーニングマンを掛け合わせると面白そう」(ポップアップビレッジの話題にて)。
- 「ブロックチェーンは最初よくわからなかったが面白そう。一方で日常に結びつけにくい。守さんはどうやってのめり込んだのか」という率直な問いかけ。
- 講義終了時には、中国式の拍手「88888888」がチャットに送られた。