CHINA AND THE FUTURES

テクノロジーの未来学 第3回
“未来”は中国でつくられるのか
──国家と技術、その未来

まとめレポート(講義動画 2時間12分19秒より作成)

講座
makers Unlearn(mU)
講師
高口康太(ジャーナリスト・翻訳家/千葉大学客員教授)
モデレーター
七沢智樹・長谷川愛
収録時間
2:12:19

OVERVIEW概要

「テクノロジーの未来学」第3回は、現代中国ジャーナリズムの第一人者・高口康太氏による中国回。講義スライドの題は「未来は中国で作られるのか? 未来を構想しない中国──殺到、ジュガール、腐海のイノベーション」。AI論文数で米国を上回り、再エネ・EVで世界を制した経済大国を、私たちはどれほど知らないままでいるのか——「情報の歪み」を正面から扱う回となった。

前半は虚像の解体から始まる。「中華未来主義」も「デジタル・レーニン主義」も、実は西洋の欲望が作り出した観念上の中国(インバース・オリエンタリズム)であり、有名な「社会信用システム」は「実は中国に全くない」。現実に稼働している監視・信用技術ははるかに地味である——高口氏は一人称視点(FPS)で現地に接近し、解像度を上げて理解するスタンスを提示する。

後半は本講義の中核テーゼ「未来を構想しない中国」の展開。シンギュラリティを語らず「とりあえず今AIで稼ぐ」足元目線、勝ち筋が見えなくても殺到し走りながら帳尻を合わせる「ジュガール」、失敗の屍を苗床に次が育つ「腐海のイノベーション」——計画の成功物語ではなく、失敗と修正の連続から世界一の再エネ大国とEV大国が生まれた過程が描かれた。結論は「未来は構想されるのではなく、生成される」。Q&Aでは統治の実像、「ゆるさ」の再評価とその危うさまで踏み込んだ。

タイムスタンプはすべて編集済みアーカイブ動画(前後カット済み・2:12:19)の再生位置です。スクリーンショットは講義スライドの引用(©高口康太)。

CONTENT内容

1. オープニング — 幼馴染の中国ウォッチャー0:00:00–0:09:24

七沢氏がテーマを提示。「米欧の未来像は語られるのに、AI論文数でアメリカを上回る中国のことを知らないのは相当まずい情報の歪み。テクノロジーの未来学に中国は欠かせない」。講師の高口康太氏は、実は七沢氏と鳥取の隣家で育った幼馴染という意外な関係が明かされる。高口氏は大学で中国史を専攻後、2005〜2008年に中国留学。北京五輪直前の「楽観的で一番面白い時代」に当てられ、現代中国ジャーナリズムに転じた。「表門はとてつもなく険しいが、裏門は開放されているネットワーク社会」という中国の空気感が導入として語られた。

2. 世代で分裂する中国イメージ0:09:24–0:14:46

講義タイトルスライド
0:09:45講義タイトル「未来は中国で作られるのか? 未来を構想しない中国──殺到、ジュガール、腐海のイノベーション」。
中国は遅れた国か進んだ国か
0:10:40中高年世代のイメージ(自転車の大群・安い労働力・海賊版)と若年世代のイメージ(高層ビル・EV・ロボット・ドローン・TikTok・ゲーム)は正反対——そして「どちらも間違いではない」。
一人当たりGNIの推移と高所得国基準
0:13:10一人当たりGNIは世界銀行の高所得国基準に接近し「中所得国の罠」を抜けつつある。ただし約1.3万ドルは日本の半分以下。一方で上海だけなら約3万ドルと日本全体とほぼ同水準——格差の大きさが中国理解の鍵。

3. 中華未来主義という虚像0:14:46–0:22:02

テクノ・オリエンタリズムとしての中華未来主義
0:17:40「中華未来主義(Sinofuturism)」の語源は2016年、映像作家ローレンス・レックのビデオ作品。中国全体を一つの巨大AIシステムに見立てたSF的コンセプトが独り歩きした。

中国は「凄まじく大量に誤解されている」。シリコンバレー思想の中で「立ち向かうべき敵」として繰り返し引用される「中華未来主義」は、80年代日本に向けられたテクノオリエンタリズムの二番煎じであり、思想家ユク・ホイは「西洋の苦境の合わせ鏡として観念上の中国を描くオリエンタリズム」と批判する。研究者ガブリエレ・デ・セータはこの「未来にある中国と現在の私たち」という逆転構図を「インバース・オリエンタリズム」と呼んだ。

4. 「紙の上のディストピア」— 社会信用システムの実像0:22:02–0:37:30

デジタル・レーニン主義という妖魔化
0:25:33ベルテルスマン財団のガイドブックに描かれた「社会信用システムの塔」。善行でスコアが上がり、悪行で飛行機に乗れなくなる——だが高口氏いわく「こんなシステムは実は中国に全くない」。
「我々が妄想するようなディストピアをやりたくても、技術的に、現実的になかなかできない。紙の上のディストピアになってしまっている」— 高口康太(0:27:03)。共著『幸福な監視国家・中国』の核心的主張でもある。
現実の中国の信用技術
0:27:50現実に存在するのは「より地味な信用技術」。アリババ系地図アプリ(高徳地図)が実際の来訪行動からレビューを算出するストリートランキング、ブロックチェーン排水記録、家政婦評価記録、活仏認証サービスなど。

実際に稼働しているのは、サクラレビューを封じる行動ベースの店舗ランキング、工場排水検査を即時ブロックチェーンに書き込み公務員買収による改ざんを封じる仕組み、プラットフォームをまたいで持ち歩ける家政婦の星評価、そして偽活仏の横行に対応した「政府認証活仏検索」——ニッチな認証・監視・評価の折り重なりが中国の監視社会の現状である。なお中国は暗号通貨を全面禁止し、ブロックチェーンの「脱中心化」をスパッと切り捨てて「中央集権的だが改ざんできない記録技術」として活用している。

5. FPSで中国を見る — 「未来を構想しない」中国0:37:30–0:48:57

現地の人々の視点から理解する
0:38:10高みから「中国はこういう国」と語るのではなく、ゲームのFPS(一人称視点)のように現地の人々の視点に接近する——本講義のスタンス表明。ユク・ホイの議論すら日本ではオリエンタリズム的に消費されがち、という自己批判も込めて。

「一党独裁で長期国家戦略を持つ中国」という俗なイメージに反し、実際の中国は「未来を構想しない」。ファーウェイ創業者・任正非はハラリとの対談で「人間は80歳で死ぬし神にはならない」と全く噛み合わず、シンギュラリティを問う若手社員にはこう答えた——

「私たちが生きてる間は無理だろうから、とりあえず今、AIで稼ぐことを考えましょう」— 任正非(ファーウェイ創業者)の社内発言として(0:44:10)
シンギュラリティと人工知能の検索件数比較
0:45:30Google検索件数の日中比較。「シンギュラリティ」は日本語184万件に対し中国語5万件(37分の1)。逆に「人工知能」は中国語が6.2倍——技術への関心は高いが、未来語りには無関心。

「長期主義」も、米国では100〜200年先を考えるのに対し中国では「5年先」。シリコンバレーは思想が投資とビジネスに直結するが、中国では思想とビジネスが完全に分裂している(ただしDeepSeek創業者ら、シリコンバレーの影響を受けた若い世代は例外的に登場しつつある)。

6. 思想は足元にある — TEMUと消費者の短期主義0:48:58–0:55:12

中国企業家の思想、実例としてのTEMU
0:50:20TEMU(拼多多)創業者・黄崢のブログ「資本主義をひっくり返す」。金持ちが貧乏人に保険を売る構造を逆転する思考実験から、激安ECの仕組みが生まれた。

中国起業家に思想がないわけではない——足元の実践の中に深い思考がある。消費者も同様に短期主義的で、利便性とプライバシーの交換に極めて積極的だが「害が明白になれば拒否する」。デジタルスーパーの顔認証レジは一時期爆発的に普及したが、店舗による無断の営業利用が問題化すると大都市からほぼ消滅した。将来のリスクを先回りするのではなく、今の損得のソロバン勘定で動くのである。

7. 帳尻合わせの再エネ — ジュガール0:55:12–1:06:21

帳尻合わせの再エネ、ジュガールという言葉
0:55:50ヒンディー語「ジュガール」=あり合わせで帳尻を合わせる知恵。政府発表では「計画的な戦略」として語られるが、実態はジュガールの連続だった。
「(長期戦略の成功物語は)改竄された嘘の歴史なんですね。実際はジュガールの連続、帳尻合わせの積み重ねの上に今の中国がある」— 高口康太(0:56:41)

2009年のオバマ再エネ投資に中国企業が「殺到」(EVは500社中400社が1台も作れず消滅、人型ロボットは現在200社超)。太陽光パネルは世界シェア9割超に達したが、欧米から排除され倒産危機→政府が国内導入→棄電率の問題→超高圧送電網で解決——という帳尻合わせの連続の果てに、世界で唯一のグリッドパリティ(再エネコストが石炭火力以下)を達成し、昨年1年でドイツ1国分の発電容量を追加する「電気の国(エレクトロステイト)」になった。AIの最終ボトルネックが電力である以上、結果的にAI時代に最適化された国が生成されたことになる。

世界一グリーンで世界一公害を出す
1:04:20ただし「世界一グリーンで世界一公害を出す」。温室効果ガス排出は世界一、2011〜2013年の3年間で米国の20世紀100年分のセメントを消費。ダブルカーボン目標は「あと4年は排出を増やす宣言」でもある。

8. EVのグダグダ史 — 失敗したのに、勝った1:06:21–1:18:34

なぜEV政策は失敗したのに中国EVは勝ったのか
1:06:50世界EV販売台数の過半が中国市場。2021年から異常な急成長を遂げ、量が質に転化した(ライトの法則=累計生産量が倍増するたび製造コストが一定割合で低下)。
失敗続きの中国EV振興策
1:10:33実はEV振興策は失敗の連続だった。補助金目当ての悪質な詐欺が横行し(BYDも罰金歴あり)、2019年頃には中国国内でも「税金の無駄」と批判されていた。

転機は2020〜2021年。テスラのギガ上海が価格を劇的に下げ、テスラに「鍛えられた」中国部品メーカーが他社にも供給して「長江デルタ4時間産業圏」——域内4時間でバッテリーからタイヤまで全部品が揃う——が形成された。深圳でAppleとSamsungがスマホのエコシステムを育てた構図の再現である。さらに、農村部で非合法に普及していた「低速EV」を合法化する形で生まれた宏光MINI EV(約50万円)が2年近く販売ランキング首位の怪物ヒットに。政策の成功ではなく、テスラ効果と現場の合法化イノベーションがEV大国を作った。

9. 稼げるか分からない領域への殺到 — コバンザメと腐海1:18:34–1:31:35

さらなるハイテク大躍進のスライド
1:20:50人型ロボット・商用宇宙・BMIなど収益化不明の領域への殺到。「イーロン・マスクへのコバンザメ戦略」という高口仮説と、『風の谷のナウシカ』の腐海のメタファー。

なぜ確信を持って殺到できるのか。高口氏の仮説は「イーロン・マスクへのコバンザメ戦略」——マスクがやる領域なら大外しはないと見切って飛び込み、走りながらジュガールで微修正する。暗号通貨やP2P金融のように跡形もなく吹き飛ぶ例もあるが——

「死んだ王蟲の亡骸を苗床にして新たな腐海が生まれていく。失敗の副産物として生まれた人材や技術が再活用されて、中国のハイテク大躍進はくるくると回っている」— 高口康太(1:24:48)。ナウシカの腐海メタファー。
中国は町工場を捨てない
1:26:55「中国は町工場を捨てない──雁行経済からの逸脱」。豊かになれば労働集約産業は他国へ渡るはずが、中国では超労働集約の町工場とハイテクが同居し続ける。

広東省東莞市はアダルトグッズの世界生産7割を担い、毛を1本1本植える超労働集約の製造にAI会話機能の搭載が進む。日本では研究開発(東京)と製造(地方・海外委託)が乖離したが、中国では両者が車で1時間の距離に同居する。イーロン・マスクが理想とする「研究開発と製造現場の集約」が、中国では自然発生している。

10. 結論 — 自由の代わりの「ゆるさ」1:31:38–1:39:10

なぜ中国はハイテク大国となれたのか──自由なきイノベーション
1:33:00「自由や私有財産が守られないとイノベーションは起きない」はずだった。高口仮説:政治的自由はないが「ゆるさ」がある。前近代中華帝国の極小政府、文革が生んだ企業内の世代の空白、管理能力の不足——国全体が「事実上のサンドボックス」になった。
結論:未来を構想しない中国
1:37:22結論スライド。「思想や長期的構想がイノベーションを駆動させる米国に対し、中国は足元の一歩を積み重ねる。殺到→ジュガール→腐海。未来は構想されるのではなく生成される」。
「中国的なすごい近視眼的な営みの中に、未来っていうのが生成されていく。それが今の中国のあり方の捉え方としてすごい適切なんじゃないか」— 高口康太(1:38:53)、講義本編の結び

11. Q&A・ディスカッション1:39:15–2:12:19

Q. 共産党は何をしているのか。負の側面(チベット・ウイグル等)とどう整合させるか(七沢氏)——負の側面は当然あるが、それが直接降りかかるのは14億人のごく一部に集中し、「自分に不利益がなくても義憤を抱く」感覚が中国では劇的に弱い。ただし環境汚染や食品被害など「みんなの健康への同時ダメージ」には団結して戦う。企業も国家も個人も「勝ち筋が見えない段階で走り始め、間違っていたら軌道修正する」共通の行動様式を持つ。

Q. 天安門事件後も民主化が進まないのはなぜか(チャット最多リアクション)——政府は強権的だが実は能力不足で14億人に目が届かない。「書いてあることがそのまま機能するかは全然別の話。中国は途上国のまま先進国並みの経済力と技術を手に入れた国」。中国出身の受講生からは「教育段階の人文系軽視でクリティカル思考が育ちにくい」「自分と家族と友人が幸せならそれでいい個人主義」という当事者の肌感覚も共有された。

Q. ゆるさ=無法地帯では?——その通りで、パクリ・ハッカー被害の最大の被害者は中国人自身。社会信用システムの発端は、ヒット商品を即パクられることに切れた玩具工場の女性経営者が首相に直訴したことだった。それが日米欧の模倣ではなく「斜め上」——身分証番号で公的情報を串刺し検索できる帝国データバンクのデジタル強化版——に進化したのが実像である。

ディスカッションでは本講義最大の転回が語られた。「中国のゆるさは、10年前なら途上国ゆえの後進性で片付けられた。でも今見ると、これが今のイノベーション、今の技術と適合的なんじゃないか」(1:59:43、七沢氏「今日一番重要なこと」)。同時に高口氏は将来への留保も添える——「AIが発展すると管理の目が行き届き、そのゆるさが失われてしまうかもしれない」(2:03:00)。長谷川愛氏からはLGBT規制の質問があり、「合理性と無関係に、政府が気になりだしたら潰される。どの国もイメージアップのために自分の頑固さは変えられない」との応答。

最後に「日本は中国から学べるか」——同じことはできないが、世界はこれから「走りながら修正する」辻褄合わせ的な世界に進む。中国IT企業は「野蛮さ・青春さ」を必死にキープしており、形式主義に固まった日本にも変える努力が要る。七沢氏が講座全体に接続して締めた——

「AI時代のものづくりも基本的には辻褄合わせ。計画的に作るんじゃなくて、背後の計算をAIにさせておいて、気がついたら辻褄が合う世界を作る。日本の擦り合わせやむすびも、別の見方をすれば辻褄合わせ。今日はまるで日本が欧米の国かのように語りましたが、日本には中国的なところも多分にあります」— 七沢智樹(2:11:01)、クロージングにて

CONCLUSIONまとめ

  1. 中国は凄まじく誤解されている「中華未来主義」も「デジタル・レーニン主義」も、西洋の欲望が作った観念上の中国(インバース・オリエンタリズム)。有名な社会信用システムは「紙の上のディストピア」であり、現実の監視・信用技術ははるかに地味である。
  2. 未来を構想しない中国「シンギュラリティ」の検索件数は日本の37分の1。思想から未来を構想する米国に対し、中国は「とりあえず今AIで稼ぐ」足元の一歩を積み重ねる。思想とビジネスが分裂したまま、技術だけが猛烈に進む。
  3. 殺到とジュガール — 嘘の成功物語を疑え世界一の再エネもEVも「長期戦略の成功」ではなく、殺到→失敗→帳尻合わせの連続の産物。EVを勝たせたのは政策ではなくテスラ効果と現場の合法化イノベーションだった。
  4. 腐海のイノベーション — 失敗の屍が苗床になる吹き飛んだ産業に注がれた資金で育った人材と技術が別の事業に再利用される。町工場とハイテクの同居、国全体がサンドボックス——マスクが苦労して作る環境が自然発生している。
  5. 「ゆるさ」の再評価と危うさ政治的自由の代わりの「ゆるさ」は、10年前なら後進性だったが、今の技術とはむしろ適合的かもしれない。ただしAIの発展はそのゆるさ自体を殺しうる。そして——分かりやすい構図やキャラ付けで中国が語られていたら、まず警戒すること。

第2回(梶谷氏)が「AI時代のつくる」の最前線を描いたとすれば、第3回は「未来は構想されるのではなく生成される」というもう一つの未来のつくられ方を提示した回だった。「辻褄合わせ」は、本講座が問い続ける「AI時代の“つくる”とは?」への意外な鍵として、次回(ブロックチェーン・分散型社会)以降に持ち越される。

本レポートは講義動画の自動文字起こし(Whisper large-v3-turbo)をもとに作成。固有名詞は可能な範囲で確認済みですが、一部推定を含みます。引用は発話の趣旨を保ったまま軽く整文しています。

APPENDIX付録 — Zoomチャット・ディスカッションまとめ

講義中のZoomチャットの議論を、受講生の発言者名を省略しテーマ別に要旨整理する(講師・運営の発言のみ記名)。

活仏認証への反響 — オリエンタリズムの自己観察

中国イメージの更新

統治の謎 — 誰が帳尻を合わせているのか

当事者の声

「ゆるさ」への評価と懸念

締めの空気

「過去一、中国に行ってみたくなりました」「中国の見方、変わりました」— クロージング時の受講生コメントより。「ご飯は超絶美味しいと胸を張って言えます!」「でも脂っこい!」という中国出身受講生同士のやりとりで和やかに締まった。
個人情報保護のため、受講生の氏名・所属・学籍番号は削除し、発言は趣旨を保ったまま要約・整文しています。時刻はZoomチャットのタイムスタンプ(実時間)であり動画の再生位置と異なるため省略しました。