OVERVIEW概要
「テクノロジーの未来学」第2回は、生成AI・XRの専門家であり、社員を持たない一人会社POSTSを経営する梶谷健人氏による「Making in the Age of AI──AI時代の『つくる』を考える」。AIの影響を最も早く受けるソフトウェアという「作る」の最前線から見えた変化を、初出しのスライドで一気に展開した回だった。
前半は事実の提示から始まる。AIの性能は約7ヶ月ごとに2倍、コストは年に約10分の1。この複利の先に、チャットAI(優秀な相談相手)からエージェントAI(実行を完遂する優秀な部下)への転換が起き、一人ユニコーン企業、AIを顧客とする「2A(to AI)」市場、職種の壁の消失といった「ゲームのルールの変更」が現実に進行している。
後半はその先の問いへ。「スキルの希少性」から「気質の希少性」への移行、ビルダー(自らの手でプロダクトを形にする人)か否かという新しい分水嶺、AIは創造しているのかという理論的検討を経て、講義は「AIが1000倍賢くなる時代、99.8%の人が持ち歩ける生き方の哲学=第3の道はあるのか」という実存の問いに至る。講義後は受講生全員がブレイクアウトルームでこの問いを引き受け、議論した。
CONTENT内容
1. オープニング — 講師紹介0:00:00–0:05:26
七沢氏より梶谷氏を紹介。POSTS代表取締役として、AIを「部下」にクライアントワーク・メディア事業・自社サービスを一人で運営する実践者であり、AR/VRスタートアップMESONの創業経営、著書やPIVOT・WIRED連載などの発信でも知られる。ケビン・ケリー『テクニウム』読書会や、西表島でのジャングルギャザリング初回ゲストという縁があり、2026年4月からは山梨県立大学の客員准教授に就任している。今日の内容は「初出しの完全新作」と予告された。
2. AIの世界で今、何が起きているか0:05:26–0:22:00
梶谷氏は自らを「AI×サービス作り、特にソフトウェア領域の作り手」と定義し、ソフトウェアはAIの影響を最も早く受ける領域であり、そこで見えた変化は時間差で他領域にも及ぶという本講義の視点を示した。
性能は半年で2倍と粗く見積もっても5年で約1000倍。しかも直近は4ヶ月で2倍と加速しており、これはミニマムラインにすぎない。一方でコストは3年で1000分の1(年に約10分の1)に低下している。「できないと思われていたこと」「コストが合わなかったこと」が毎年できるようになっていく。画像生成は昨年から広告実務レベル、動画は今年から実用域(ByteDanceのSeedanceなど中国勢が強い)、音楽はSunoなどでプロも敵わない水準に達し、動画AIに冷淡だった映画業界も提携へと姿勢を一変させた。
3. チャットAIからエージェントAIへ0:22:00–0:26:30
ChatGPTのようなチャットAIは優秀な相談相手ではあったが、仕事そのものは変えなかった。Claude CodeやCodexのような、タスクを最後まで完遂する「エージェントAI」=優秀な部下の登場が本質的な変化である。Googleですら新規コードの75%はAIが書いている。
「本当に方針を考えること、人と会う、喋るっていう、その3つ以外はほぼ全てでClaude Codeを使ってます」— 梶谷健人(0:24:29)
4. ゲームのルールが変わった — 一人ユニコーンと「2A」市場0:26:30–0:36:00
大きな事業=組織化+資金調達という前提が崩れ、一人で時価総額1000億円規模を狙うことが現実的になった。2人で初年度売上600億円を上げた企業や、個人開発のOSSがOpenAIに破格で吸収された例が挙げられ、「個人では無理と言われていた規模を個人で出せる。前提、ゲームのルールがかなり変わってきている」と語られた。
ChatGPTに「おすすめのジムは?」と聞いたとき推薦されるかどうかが死活問題になる——AIという仲介者に「選ばれる」ための最適化が重要になり、さらにAI自体を顧客とするサービスも登場している。AIエージェント向けの電話番号発行サービスや、AIが人間を雇えるマーケットプレイスなど、いずれもY Combinator採択企業であり、ニッチな動きではない。
5. ビルダーの時代 — スキルの希少性から気質の希少性へ0:36:00–0:45:54
1つの専門があればAIと対話しながら他領域を実装できるため、職種の壁が消えていく。デザイナー・エンジニア・マーケターの垣根も、文系/理系の区別と同様に意味を失いつつある。これからの決定的な区分は——
ハードスキルがコモディティ化する中、価値の源泉は「スキルの希少性」から「気質の希少性」——どんな問いを解きたいかという動機と行動力——に移る。そしてこれは処世術にとどまらない。
「油断をすると、人間はトークンの橋渡ししかしていない——AIにコンテキストを渡して、出てきたものを物理世界で必要なところだけ加工して、またAIに渡す、という立ち振る舞いになってしまう」— 梶谷健人(0:44:37)。世界に作用し続ける主体性(エージェンシー)の回復こそ、ビルダーとして生きることの本質的な意味。
6. ボトルネックの移動と3つのキャリア戦略0:45:54–0:58:37
一人で商用サービスを2〜3個並行開発できる今、難所は「情熱を注げるテーマを見つけること」と「溢れるプロダクトの中で届けること」に移った。テーマ発見の核心は「没頭できるものを持っているか」だが、没頭対象は探しても見つからない——
また仕事を「入口(問い・コンセプト)/中間(作業)/出口(目利き・人を動かす)」に分けると、AIが自動化しているのは中間である。取るべき道は①中間でトップ0.01%を目指す、②入口と出口を磨く、③わかった上で楽しみのために中間をやる、の3つで、どれにコミットするかを明確に意思決定しないと、AIの進化のたびに心を病むことになると警告した。
7. 組織と個人 — 「選択と集中」から「並列と分散」へ0:58:37–1:04:18
経営論としては「1000人で1事業」が「1000人で10〜100事業」になる時代。解雇できない日本では、浮いた人員の新規事業への再配置が合理的であり、出島的な組織で本業を潰すほどのAI前提事業を立ち上げる「両張り」が推奨された。リソース希少性を前提としていた「選択と集中」のセオリーは、「並列と分散」に置き換わる。同じ論理は個人にも当てはまり、「明確なコミットのないままの無意識的な一本足が一番危険。一本足か多角化かを明確に決めるべき」と説いた。
8. AIは創造しているのか1:04:18–1:15:23
「AIは検索・引用するだけで創造していない」という通説に対し、梶谷氏は「もはや創造していると言っていい」との立場を取る。さらに「意識がないから創作ではない」という主張に対しても、講義の直前に発表されたばかりのAnthropicの研究を紹介した。
ただしAI利用の全肯定ではない。個人の創造性は上がる一方、集団全体では同質化が起きる——
ゆえに問われるのは「いかに人間側が逸脱をデザインし、注入するか」。これが「人間に残されている創造の聖域」だと結論づけた。
9. 実存の問い — 「第3の道」はあるか1:15:23–1:22:51
最後のパートで梶谷氏は、自身が今考え続けているという問いを開示した。AIが1000倍賢くなると、人間の個体間の能力差・努力差は誤差になる。日本では「社員」という身分が疑似ベーシックインカムとして機能し経済的には困らないかもしれないが、「生きがいって何だっけ」「自分で自分の人生を操縦している感覚がない」という実存的危機が今後4〜5年で爆発的に増えると予測する。
「残り99.8%の人が持ち歩けるような、AI時代の哲学的な、生きる上でのアイデンティティの持ち方みたいなものがない。これをどうにかしたいというのが個人的な課題意識、情熱です」— 梶谷健人(1:20:30)
既存のAI時代の生き方論は「AIを使いこなすスーパー人材になれ」か「降りて遊んで暮らせ」の両極端で、上位0.1%と外れ値0.1%にしか実践できない。強力な力が全員に配られた今、「何を作るか、どう生きるか」が一人ひとりに問われている——ここで講義本編が終了した。
10. ディスカッション・クロージング1:22:53–1:38:56
七沢氏との対話では、「作ることへの愛」が普遍であればAIはむしろ愛を形にする装置としてありがたい存在になること、一方で「未来から逸脱できない問題」——空間の定義を書き換えたつもりが既存パラダイムに回収されてしまう難しさ——が論点になった。その後、受講生は2ラウンドのブレイクアウトルームで「あなたにとっての第3の道とは何か」を議論した(アーカイブではこの部分は「ブレイクアウト中」表示に編集されている)。
全体共有では、「豊かな土地に住み桃を食べる経験の価値は失われない」という声の一方で、「泥遊びを『汚れるから嫌だ』という子どももいる。普遍的な価値を見出したくなる身体感覚さえ、世代を重ねると変わってしまうのでは」という指摘が出た(1:33:00頃)。これを受けて梶谷氏は、「問いの設定をアップデートすべきところに気づいた」と応じた——能力主義の前提が崩れるのはホワイトカラーであり、農業のように身体的な営みに存在意義を感じている人にはむしろ価値が高まる「ビルド」がある、と(1:34:04頃)。一方で「今年、解雇された20〜30代のウェブデザイナーやエンジニアが瞑想合宿に来ていた」という現実も共有され、問いの切実さが再確認された(1:36:14頃)。
「AIを使いすぎて、思うものが作れなかったと死ぬときに悔いてしまう可能性もある。だからこそ、入力と出力の間——ここを問い続けることがずっと重要だと思う」— 七沢智樹(1:37:30頃)、クロージングにて
最後に、梶谷氏が客員准教授としてメイカーズ学科関連の企画に今後も登壇予定であること、「この続きの問いを1年間考えて、またディスカッションしたい」という約束が交わされ、第2回は幕を閉じた。
FOCUS実存の問いはこう展開した
本講義の後半を貫いていたのは、AIの性能やビジネスの話ではなく、一本の実存の問い——「AIが人間の能力を超えていくとき、私たちは何に自分の存在意義を置くのか」——だった。その問いは、講義の中で次のように段階を踏んで展開した。
ビルダーの話 — 問いが実存に切り替わる0:36:00–0:45:54
職種の壁が消え、ハードスキルの希少性が崩れる。ここまでならキャリア論だが、梶谷氏は一歩踏み込む。油断すると人間は「トークンの橋渡し」——AIにコンテキストを渡し、出てきたものを右から左へ流すだけの存在——になってしまう。ビルダーであることは処世術ではなく、世界に作用し続ける主体性(エージェンシー)を回復するための処方箋である。ここで講義の問いは「どう働くか」から「どう在るか」に切り替わった。
愛の話 — アイデンティティの置き場を移す0:48:35–0:53:00
ではビルダーとして何を作るのか。没頭できるテーマは「探すと見つからない」。エーリッヒ・フロムの「愛は見つけるものではなく育むもの」の通り、まず小さく始めて育てるしかない。これは、自分の存在意義の置き場を「証明できる能力」から「育ててきた愛着」へ移すという、アイデンティティの静かな転回である。
並列と分散の話 — 「自分」を多角化する0:58:37–1:04:18
企業経営の新セオリー「並列と分散」は、そのまま個人の実存の戦略でもある。不確実性が高すぎて、自分の強みも容易に無効化される時代。一番危険なのは、明確なコミットのないままの無意識的な一本足——一つの能力に自分のすべてを預けてしまうことだ。「自分」という個を多角化しておくことは、実存の危機に対する構造的な備えになる。
探索と逸脱の話 — 人間に残る創造の聖域1:04:18–1:15:23
それでも「創造性は人間のもの」という最後の砦は守れるのか。梶谷氏の答えは厳しい。AIの生成はすでに「引用」ではなく「探索」——潜在空間の中の、学習データのどこにもなかった一点を選び取る行為——に到達している。ボーデンの3分類でいえば、組み合わせ的創造も探索的創造もAIの領分になった。人間に残るのは「空間の定義そのものを書き換える」トランスフォーメーショナルな創造=逸脱のデザインだけである。AIは個人の創造性を高めるが集団を同質化させるからこそ、逸脱を注入できるかどうかが、人間の存在意義の最後の砦になる。
第3の道の話 — 能力を価値証明にしない生き方1:15:23–1:22:51
しかしその砦も安泰ではない。AIが1000倍になれば、能動的にAIと協働し続けられる人は1%もいない。「スーパー人材になれ」か「降りて遊んで暮らせ」か——両極端の0.1%ずつにしか実践できない生き方論しかない中で、梶谷氏は問う。能力を自分の価値証明にしなくていい。生きがいも、一旦なくていい。それでも豊かに暮らせる——そんな「第3の道」は何か。アイデンティティを能力主義から切り離せるかという、残り99.8%のための問いである。
そして問いはアップデートされた1:33:00–1:38:56
ディスカッションを経て、梶谷氏自身が「問いの設定をアップデートすべきところに気づいた」と語る。実存の危機に直面するのは、能力主義に存在意義を預けてきたホワイトカラーであり、農業のように身体的な営みに存在意義を感じている人には、むしろ価値が高まる「ビルド」がある。問いは万人に同じ形で降りかかるのではない——それぞれの持ち場で「入力と出力の間」を問い続けることとして、次回以降の講座に持ち越された。
CONCLUSIONまとめ
- 性能は半年で2倍、コストは年に10分の15年で1000倍はミニマムライン。「AIにはできない」「コストが合わない」という前提は毎年崩れていく。画像・動画・音楽もすでに実務レベルに到達した。
- チャットAIからエージェントAIへ仕事を本当に変えたのは「相談相手」ではなく「実行を完遂する部下」。方針を考える・人と会う・喋る以外のほぼすべてをAIに任せる働き方が、すでに現実になっている。
- ゲームのルールが変わった組織化はオプションになり、一人ユニコーンが現実になった。2C/2B/2Gに続く「2A(to AI)」市場が出現し、AIに選ばれることが死活問題になる。経営セオリーは「選択と集中」から「並列と分散」へ。
- スキルの希少性から気質の希少性へ職種の壁は消え、「ビルダーか否か」が分水嶺になる。AIの創造は「引用ではなく探索」まで到達したが、空間の定義を書き換える「逸脱のデザイン」は人間に残された創造の聖域である。
- 「第3の道」を問い続けるAIが1000倍になる時代、スーパー人材にも遊民にもなれない99.8%のための生き方の哲学はまだない。能力を自分の価値証明にしなくても豊かに暮らせる道——この問いこそが本講座で引き受けるべき宿題である。
第1回(松島倫明氏)が「未来を想像/創造するリテラシー」という視座を与える回だったとすれば、第2回はAIの最前線の事実から「つくる」と「生きる」の再定義を迫る回だった。梶谷氏の「第3の道」の問いは、技術哲学・技術史・人類学へと遡っていく本プログラム全体の問いに直結している。
APPENDIX付録 — Zoomチャット・ディスカッションまとめ
講義中のZoomチャットの議論を、発言者名を省略しテーマ別に要旨整理する。
組織はAIに適応できるか
- 「さまざまな理由でホワイトカラーはAIを使わない気がする。だいぶ時間がかかる」という現場感覚に対し、「法人組織はリスク管理の点で歩みが遅い。それゆえ、組織が変わったらガラッと変わる可能性も秘めている」という応答。
- 「日本で既存の組織が変わるには時間がかかりそうだが、その間に梶谷さんのようにソロプレナーやタイニーチームを実践している人が横からぶち抜いていくのでは」という展望が共感を集めた。
- 「めちゃくちゃアメリカっぽい選択。日本だとどうなっていくのか」という文化差への注目も。
「ビルダー」概念への問い
- 「中間業務・委託業務の定義そのものが曖昧になっていく中で、『ビルダーか否か』という区分は今後も明確と言えるのか。結局は顧客価値という結果論に落ちないか」という鋭い問い。
- 「誰もがビルダーになることはできるのか?黙々と作業をこなすこと(だけ)が得意な人はビルダーになれるのか」という懸念。
- 「ビルダーを求める企業社会が、AIによる人件費削減・高効率化を進めた場合、(没頭時間への投資といった)判断からむしろ遠ざかりそう。その隔たりは何が生んでいるのか」——これには「humanityに対する投資かもしれない。アイデアソン参加を推奨する企業もあれば、反逆行為と捉える企業もある」という応答があった。
- 関連して「没頭できる時間が必要だから、大人にも2ヶ月の夏休みが必要」「1万時間の法則にも通じる」という声。
雇用・格差・資本主義
- 「『誰かが決めた方針を実行する』形の役職や雇用が大きく失われていく中、社会の価値観や教育が適応できないまま企業や産業側の構造変化だけが進みそうで怖い。自分でループを回して学習できる人はとんでもなく強くなり、格差も生まれそう」という危機感。
- 「生成AIに課金しているユーザーは世界人口の0.3%。その時点で大きな格差」というデータの共有。
- 「資本主義はそもそもこの多角化に適応できるのか(あるいはすべきなのか)」「貨幣というメディアの質を問う必要が出てくる」「循環的な貨幣の巡りの中では多角的な価値が認められそうだが、自己増殖的な流れの中では欲望機械的な成分だけが生き残っていきそう」という議論に発展した。
アイデア・地域の視点
- 「アイデアもオープンソース化されていて、ファーストペンギンであることよりも、いかにうまく回せるかの価値が上がっている」という観察。
- 「山梨のような人口減少気味の県では、多角化経営の地元企業がAIで人員を補完できたら面白い」という地域への応用。
- 「各産業で時間軸が違う」という指摘は、クロージングでの「農業にはAIとは別の時間が流れている」という議論と響き合った。
「逸脱のデザイン」への応答
- 「逸脱がデザインできない、というのは逸脱を許容できないということも含意しているように感じる。知らず知らずに排他的なサービスが占めていく可能性もある」という重要な指摘。
- 「プロダクトをデザインする考えのようだが、プロセスをデザインすることについてはどう思うか」という質問や、「自分の価値観のピラミッドは重要」という感想も。
締めの一言
「お話を聞いていて『自分の心を掴んで離さないものを追いなさい』という誰かの言葉を思い出しました」— 受講生のコメントより