OVERVIEW概要
Makers Unlearn 開講初日を飾る第1科目「テクノロジーの未来学」の第1回。客員教授に就任したWIRED日本版編集長・松島倫明氏が、「フューチャーズリテラシー=未来を想像/創造するリテラシー」を主題に約100分の講義を行い、その後Q&Aとディスカッションが続いた。
講義の核となる問いは、サイバーパンクの祖ウィリアム・ギブスンの「なぜ僕らは22世紀を想像できないのか」。私たちが思い描く未来は、実は20世紀の西側諸国が作った「誰かの未来」の再生にすぎないのではないか——この認識から出発し、手にしている単数形の未来をいったん終わらせる「脱未来化(De-Futuring)」と、多元的な未来を新たに立ち上げる「再未来化(Re-Futuring)」という2部構成のフレームワークが展開された。
後半の再未来化パートは、松島氏が3年をかけて執筆中の新著(2026年10月刊行予定)の中核となる「7つの軸・14のキーワード」の初公開に近い内容であり、AI以後の社会の底流を読むためのパラダイム転換が一気に提示された。
CONTENT内容
1. オープニング — プログラム全体の導入0:00:00–0:09:13
七沢氏より、12科目・合計210時間のプログラム開講の挨拶。本科目のテーマは「未開の未来」——「私たちが思い描く未来は、誰かが作った未来ではないか。本当の意味で未来を想像できているか」という問いが提示された。「このプログラムは答えを探すのではなく、問いを深めることが目的」という学びの姿勢も強調された。
ゲストの松島倫明氏は、NHK出版時代に『フリー』『シェア』『MAKERS』などを手がけた編集者であり、日本のメイカームーブメントの立役者。スクール名「Makers Unlearn」の由来にも関わる人物として、2026年6月に客員教授に就任した。
2. フューチャーズリテラシーとは0:09:13–0:24:00
WIREDは1993年に米西海岸で創刊された「未来を実装するメディア」。単に「AIがすごい」ではなく、テクノロジーが生活・社会・都市・思想哲学をどう変えるかという「意味と文脈」を切り取ることを使命とする。リテラシー(読み書き)とは世界の認識の仕方そのものを決めるもの——それが今日の講義タイトルの意図である。
なぜこれが問題なのか。ニーチェの言葉「過去が現在に影響を与えるように、未来が現在に影響を与える」が引かれる。どんな未来を思い描くかは、未来だけでなく「今のあなた」を変える。10人に1人しか未来を信じない社会は、その「現在」がすでに大きく損なわれている。
1950年代(ミッドセンチュリー)の人々は、宇宙移住・空飛ぶタクシー・ロボットとの暮らしといった「21世紀像」を世界的に共有できていた。しかし今、22世紀を想像しろと言われても、私たちは20世紀と同じ絵しか描けない。しかもかつて共有されていた未来像とは、実は「20世紀の西側諸国の白人男性インテリが考えた進歩主義的な未来」をみなでシェアしていただけではないか。
ここからWIREDは2020年以降、単数形のFutureではなく複数形の「Futures」を掲げる。アフロフューチャリズム、湾岸未来主義、中華未来主義といった多元的な未来像の存在が紹介され、象徴的な出来事として大阪・関西万博のタグラインが開幕時の「一つの輝かしい未来を全員に」から、閉会式では複数形の「For the Futures」へ転換したことが語られた。
3. 脱未来化(De-Futuring)— この未来を終わらせる0:24:00–0:49:56
「脱未来化」はデザイン理論家トニー・フライに由来する語で、本講義では「今手にしている単数形の未来をいったん終わらせ、オルタナティブな可能性を見つけること」として使われる。そのためのマインドセットとツールが順に紹介された。
ツールとしてのSFプロトタイピングは「未来をリハーサルできる」方法論。技術や企業の視点ではなく、主人公=人の視点、マイノリティや動物の視点から未来を眺められる。ベゾスやマスクがSF少年として20世紀に読んだ未来を富と権力で実現している現在、「どんなSFを描くか」自体が社会を動かす。
ケビン・ケリーの「プロトピア」(良いこと51対悪いこと49で毎年1%ずつ前進する)を引きつつ、松島氏は自身のポジションを「戦う楽観主義」——お花畑の楽観ではなく、問題に真正面から向き合いコミットする楽観——として宣言した。
「多分22世紀の人から見れば『2026年に生きてた人たち、ほとんどAIについては何も分かってなかったよね』となる。僕らはまだ始まったばかりの時代を生きているんだと考えることは、長期的な視点を与えてくれるし、割と謙虚にさせてくれる」— 松島倫明(0:45:02)「未来から現在を見る」視座より
4. 再未来化(Re-Futuring)— 7つの軸・14のキーワード0:49:56–1:46:31
後半は、松島氏が3年がかりで執筆中の新著(現在ゲラ段階・10月刊行予定)の中核となる「7つの軸」。株価を動かす表層のニュースではなく、5年〜30年の底流にあるパラダイム転換を掴むための対概念である。
- AXIS 1希少さ/潤沢さデミス・ハサビスの言う「ラディカル・アバンダンス」。デジタルとアイデアは限界費用ゼロで潤沢になる。産業革命が筋力を潤沢にしたように、AIは知能を潤沢にする。問うべきは「次に希少になるものは何か」。
- AXIS 2実験科学/計算科学化学・生物学などの実験科学がシミュレーション可能になる。エネルギー・資源・医療・知能の根本課題(ルートノード問題)にAIでタックルできる時代へ。
- AXIS 3フィジカル/バーチャルチャーマーズ『リアリティ+』——バーチャルは錯覚でも虚構でもなく現実である。複製技術に誰もアウラの喪失を感じなくなったように、次世代にとってVRはリアルそのもの。
- AXIS 4シンギュラリティ/プルラリティカーツワイルの特異点はリニアな進歩史観であることに注意。西洋のAI恐怖(マスター/スレーブ観)に対し、ユク・ホイの技術多様性、オードリー・タンのプルラリティを併置して考える。
- AXIS 5サイバネティック/ポエティック人間とテクノロジーは常にフィードバックループの中にある。それは単なる制御ではなく、そこから新しい意味・感性・人間らしさが生まれる(ポイエーシス=生成)。
- AXIS 6エントロピー/エクストロピー生命とは「情報の自己組織化」。ならばAIも生命的であり(ラブロック『ノヴァセン』)、テクノロジーも自己生成する情報システムである(ケリー『テクニウム』)。
- AXIS 7ジェネラティブ/リジェネラティブ「生成」には生殖力・発生というオーガニックな語義が含まれる。生成AIを自然の摂理の一部として捉え直し、都市を「第三の森」として再生的に見る。
「電気をつけていることをわざわざ『すげー今日電気使ってるぜ』って思わないのと同じように、近い将来僕らは、AI的なる知能を使いながら『今AI使ってんだよね』とは誰も思わないような社会がすぐにやってくる」— 松島倫明(1:08:19)知能の潤沢化について
講義本体の結び(1:46:04)では、万博での落合陽一氏の言葉「人工知能が出てきて、僕らはもう知能ってところはおまけです」にも触れながら、技術と自然をどう融合していくかを7つの軸から捉えることが「Futures Literacyの再未来化」として提示された。
5. Q&A・ディスカッション1:49:05–2:01:39
Q. 「未来を問うこと自体が贅沢な問いではないか。未来を考えることが現実にどう影響するのか」(途上国で活動する受講生より)
松島氏の回答:執筆に3年かかった最大の理由がまさにこの問い。未来を描くことは今を生きることと同じであり、「未来が生成する意味の場になんとか到達したい」というのが新著の核心。未来は「未来人のもの」でも「自分で全部変えられるもの」でもなく、その間で——気持ちよくなくても——やっていくしかない。途上国の現場で医療・教育・貧困に向き合う人こそ、まさに未来を作り、未来にコミットしている。
「課題に従事している間に『誰かが作った未来』に巻き込まれていく。そうして未来が植民地化されていってることに、ほとんどの人は気づけていない。未来を問うことがリテラシーになっていなかった」— 七沢智樹(1:53:14)
同席した長谷川愛氏(本講座講師)からは「テクノロジー本は事例がすぐ古びる難しさがある」「Futures Coneの外にあるブラックスワン=考えていないことをどう考えつくか」という問題提起があり、松島氏は「未来から今を相対化して認知フレームをずらすこと」の面白さで応答。クロージングでは、10月の新刊刊行に合わせた出版記念イベントの開催が約束された。
CONCLUSIONまとめ
- 私たちは「20世紀の未来」をまだ生きている思い描く未来は誰かが作った未来の再生にすぎない可能性がある。「今考えているイノベーションは鉄の馬ではないか」と常に自問することが、脱未来化の出発点。
- 未来は現在を変えるニーチェ「過去が現在に影響を与えるように、未来が現在に影響を与える」。未来を信じる人が10%しかいない日本では、未来を想像するリテラシーそのものが急務である。
- 単数形のFutureから複数形のFuturesへ望ましい未来は一つに収斂しない。脱未来化(この未来を終わらせる)と再未来化(多元的な未来を立ち上げる)の往復運動がフューチャーズリテラシーの核。
- 7つの軸でAI以後の底流を読む希少/潤沢、実験/計算、物理/仮想、単数/複数、サイバネティック/ポエティック、エントロピー/エクストロピー、ジェネラティブ/リジェネラティブ。流行のカーブではなく、10年〜50年の社会実装のカーブで変化を捉える。
- 戦う楽観主義でコミットするプロトピア=51対49で毎年1%前進する。未来は予測するものではなく、気持ちよくなくても関わり続けるもの。課題の現場に向き合う人こそ未来を作っている。
第1回として、本プログラム全体を貫く問い——「未開の未来」をいかに探索するか——の理論的な土台が提示された回だった。松島氏の新著は2026年10月刊行予定で、刊行に合わせた出版記念イベントが企画される。受講生には「その頃には全然違う未来の見え方をしているはずなので、その差分を感じ取り、問い続けてほしい」というメッセージが送られた。
APPENDIX付録 — Zoomチャット・ディスカッションまとめ
講義中のZoomチャットでは、受講生同士および七沢氏を交えた活発な議論が並行して進んだ。発言者名は省略し、テーマ別に要旨を整理する(講師・登壇者および言及された公人・書籍著者名のみ記載)。
日本の未来悲観をめぐって
- 冒頭の国際調査グラフに対し、「日本は『悪くなる』と思っている人が多いのか、『良くはならない』と思っている人が多いのか。良くも悪くも両面ある、というのも一つの未来の描き方では」という指摘。
- 「民主主義が進んだ国ほど多様な意見の尊重から未来像が競合しやすく、独裁的・覇権主義的な国ほど指導者の語る未来像に構成員が同じ方向を向くのかもしれない」という仮説も出され、複数の共感を集めた。
鉄の馬・SFプロトタイピングをめぐって
- 「何をもって『鉄の馬』なのかは大事なテーマ。馬の形を模しているからか、それとも道を走る時点で鉄の馬なのか」という問い。
- 「日本のVR・HCI研究者には攻殻機動隊の未来像に大きく影響を受けている人が散見される。それが画一化や、無批判にそれを実現しようとする無邪気さにつながっていないか」という批評的な視点。
- 「理系人間は科学知識の枠組みに囚われて発想が狭まる。SFを語れる人はその枠がないので、科学に囚われない自由な発想が得られるかもしれない」という期待。
- Futures Coneについて、「Plausible(起こることが妥当な未来)とProbable(起こる可能性のある未来)の境界は何か。未来洞察の実務ではその判断の根拠を求められる」という実践者からの問題提起。
「歴史の終わり」と幼年期
- 七沢氏がチャットに降りて「歴史の終わりという錯覚!重要ですね」「個人的には、歴史が終わってしばらくたった感じがしていて、また歴史が始まろうとしている感覚がある」とコメント。
- 「いま日本の各所で目にする『オルタナティブなところから次を作ろう』という動きは、『歴史の終わり』の次の凪の時代の感覚から、動かそうという種が広まっているように感じる」という応答。
- 「テクノロジーが本気を出してきたら人間がついてこれなくなってきた、という意味では『幼年期の終わり』なのかもしれない」というユーモアや、落合陽一氏が『幼年期の終わり』について書いた2017年の記事の共有も。
AIと「未来の固定化」— 再帰性と偶然性
- 「毎日の会話データや行動ログをAIに学習させる行為は、ある種、自分の未来の固定化だ」という気づきに対し、七沢氏が「まさにそういうこと。理論的にはユク・ホイ『再帰性と偶然性』に書かれている」と応答し、原島氏との対談Podcast(エピソード2)を紹介。
- さらに「ホイの言う再帰性は偶然性を取り込むことで機械的反復から区別されるもの、という理解で合っているか。今のAIのパーソナライズは偶然性をノイズとして潰す方向に最適化されがちで、『過去の自分』という固定点に収束していく=未来の固定化と読める。『偶然性の取り込み口』を意図的に設計できれば凍結は防げるのか」という踏み込んだ考察が続き、七沢氏は「その再帰性に回収されない『偶然性』とは何か、という深遠な問いがひらく」と受けた。
未来を考える意味はあるのか
- 「テクノロジーの未来について考えたことがなかった。予測不可能で分からないから。『今』を生きる我々にとって未来を考えることにどれほどの意味があるのか」という率直な問いかけ。
- これに対し「過去に遡ることで現在を相対化し『これをどう変えるか』という視点から未来を作ることしか考えたことがなかった。『迎えるもの』としてやってくる未来と、『つくっていくもの』として浮かび上がる未来」という整理が生まれ、七沢氏は「ぼくらは未来を『つくっていくもの』と再定義しようとしているのでしょうね。改めて議論したいテーマ」とDiscordでの継続議論を予告した。
途上国の現場から — Q&Aにつながった問題提起
- 東南アジアの途上国で活動する受講生から「ここで語られる『未来』は、世界がすでに発展しきったかのような前提で語られているように感じる。生活・教育・医療・貧困など目の前の課題を見ると、AIよりも電気や水インフラの方が重要。この問い自体が贅沢なものにも感じられる」という投稿があり、多数の共感を集めて講義Q&Aの質問に採用された。
- 「これこそ多元的な未来の話。物質的資源が希少なまま、AI(知的資源)だけがアバンダントになった先には、西側諸国とは異なるけれども確かに未来的な生活があるはず」という応答。
- 七沢氏は「生きることに精一杯であるうちに、知らない間に欧米で作られた未来を歩まされるという問題」と整理し、人類学者・奥野克巳氏のフィールドでスマホが入った途端に狩猟採集に行かなくなった事例を挙げ、「一つの未来に緩やかに収斂していくことが問題」と補足。
- 質問者からは「原始に近い生活の中にも人間の大切なものが詰まっている」「未来を想像するよりも緩やかな変化を見守るのが大事かもと思うこともある」「未来は考えた方がいいはずだが、いつも途上国の立場が抜けた議論が進むジレンマがある」という応答が続いた。
計算科学・バーチャル化・人外との共生
- 「潤沢な計算資源による計算科学が『計算資源の帝国主義』に陥らないためにはどのような思想が必要か」という喫緊の問い。関連してEUのAI規制の厳しさが共有され、七沢氏は「AIと社会1」でAIと法のテーマを詳しく扱うと案内。
- 「都市はバーチャル化しないと本当にやばい」(人口集中・過疎化・災害への対応)という意見から、ケヴィン・ケリーのミラーワールド(バーチャルにも同じ都市を構成して運営する未来)の議論へ。
- 哲学的ゾンビの話題から「意識のないものに意識を感じるのは日本人的な感覚かと思っていたが、あの思考実験は海外のものか」という質問が出て、「アニマシーやパレイドリアなど西洋の認知科学の文脈からも出てきている」という応答。「人外の多元的な存在と共生する世界では主従関係より信頼関係が大事。八百万の神的な概念が重要かも」という意見には、more-than-human文脈での代表性(エージェンシーを人が語れるのか)という論点が重ねられた。
- 「人間のハードウェアが変わり死の克服に近いことが起きたらシンギュラリティな印象」という投稿には、七沢氏がWIRED連載のHealth特集を紹介し「なかなか人類は死ねなくなるらしい」と応答。
締めの一言
「ギブスンの別の言葉で好きなのが『未来はすでにここにある——ただ、まだ均等に行き渡っていないだけだ』というものです。未来を考える意味や必要性も、また均等には行き渡らず、それぞれ多元的なのだと感じました」— 受講生のコメントより(多数の共感を集めた)
チャットで共有された主なリンク
- 『MAKERS』書籍ページ(NHK出版):pr.nhk-book.co.jp/makers/book
- 七沢氏×原島氏のPodcast(再帰性と偶然性の話):Spotify
- 落合陽一氏「幼年期の終わり」論(2017):fuze.dj
- 落合陽一『マタギドライヴ』(2026年7月31日刊行予定):Amazon
- フレーム問題の解説記事:note
- EUのAI規制解説:labmemo.com
- 石倉敏明氏レクチャーレポート(あいちトリエンナーレ):aichitriennale.jp